活動報告

活動報告

第1849回例会(2026.2.24)を開催しました

第1849回例会(2026.2.24)を開催しました

松戸西ロータリークラブ 第1849回 例会 令和8年2月24日  

 

 

司会進行 山本 沖会員

 

点鐘 杉山 由祥会長

 

 

食事

 

 

 

会長挨拶 杉山 由祥会長

 

皆様、改めまして、こんにちは。先週のインターシティ・ミーティングにおかれましては、多くの皆様にご協力を頂きまして、無事に終えることができました。本当に急な企画のなかで、仕上げて頂き、そして引っ張って頂いた、石井ガバナー補佐、河合実行委員長、そして山本補佐幹事ですね、皆さん、改めて敬意を表したいと思います。本当にお疲れでございました。(会場 拍手 拍手)色々な方からIMの感想を伺ってますし、この場でIM後に、大類隼人さんはじめ、他のロータリークラブの皆様との懇親の場もありまして、いろんなお話を伺いましたけれども、やはり総じてとても大類さんの講演の評価が高かったなと、というふうに感じております。やはりロータリアン、沖縄首里RCに御在籍ということで、ロータリアンとしての視点と、世界中で活躍する医師の視点として非常に、示唆に富んだ、お話を伺えて、私もなんか、久しぶりにすごく良い講演を聞いたなと、いうふうに感じました。先日、地区大会でも、RI理事になられる四宮さんですか、お話も聞きましたけれども、ロータリーのなかで、すごく活躍される方の、話し方というかですね、講演の姿勢というのは、私自身もすごく勉強になるなと、感じましたので、是非、こういったことを、我々だけでなくて、周りにも広げて、会員拡大に繋げていければいいなと、思いますので、今後ともよろしくお願いいたしますこのIMが終わりまして、次は、5クラブゴルフ大会、そして、40周年と、なっていくわけでありますが、引き続きですね、今日は杉浦会員のクラブ研修リーダーとしての、歴史を振り返る卓話の、最終章ということになりますので、神谷実行委員長、中心に、あと数か月、しっかりとみんなで、走っていきたいなと思いますので、どうぞよろしくお願いをいたします。個人的にちょっと、世相の話も少ししたいのですが、昨日ミラノ・コルティナオリンピックが、閉会を致しました。私の知り合いも一人出ていたのですが、残念ながら、出場ができなくて、行っただけになってしまったのですが、一人、松戸にゆかりのある、女の子が、大変な注目を集めております。女子フィギュアの、中井亜美さん。17才。彼女は市川在住なんですね。もともとは、新潟の出身なんですが、現在は市川市に在住で、勇志国際高等学校という、通信制の、実は松戸市の新松戸にある、通信学校で、通っておりまして、実は流山での    にも出させて頂いたのですが、まさかこんなに、大活躍をするとは、思いませんでした。本当に、通信学校なんですが、結構いろんな家庭がありまして、今、通信制学校って沢山あるんですね。例えばそれは、不登校のための通信制の学校であったりとか、逆に芸能とかを目指している子たちの学校であったりとか、彼女はスポーツエリートコースというもので、世界中転戦するので、当然、このままだと、高校の授業過程がとれないから、やはり通信で、きちんと補ったうえで、どこかに必ず、   の場所を決めなければならないのですね。それで、初めて、高校卒業資格相当という資格がもらえるという事で、たまたまその学校が新松戸だったということで、大変注目をされております。

今回40周年で、松戸市にゆかりのある、専松卒業の、羽賀理之さん。こちらも、オリンピックパラリンピックの、金メダリストですので、やはりこういう、松戸地域の出身のゆかりのある、若い人たちを、いっぱい応援していくのも、我々の役目かなと、思っております。そこでですね、この話につながっていくんですが、皆さんに、今日チラシを(会場 笑)お配りさせて頂きました。会員グループで、明治大学出身者いないか。と、石井補佐から、水を向けて頂いたから、ちょうどよかったかなと思ったんですが、私は、大学院を明治、卒業でございまして、今、明治大学、校友会、いわゆる同窓会組織ですね、その松戸地域の幹事をやらせて頂いておりまして、今年その、地域支部が久しぶりに明治大学の、マンドリンクラブを招いて、コンサートをやることに、チャリティーコンサートをやることになりました。この明治大学のマンドリンクラブ、というのは、古賀政男さんという、昭和の歌謡界を代表する作曲家、国民栄誉賞まで取っています。大変有名な昭和歌謡の、帝王と言われる方が作ったマンドリンクラブでありまして、マンドリンという楽器を中心にして、いろんなコラボレーションをするところで、大変評判の良いので、今回は是非、松戸の未来を応援ということで、松戸ゆかりのアーチストとコラボしてもらおうということで、北翔海莉さんというですね、宝塚トップスターでありましたけれども、松戸市出身の松戸市特別観光大使もやって頂いている、北翔海莉さんと、コラボレーションをして、松戸の児童養護施設の子供たちを、ご招待して、そして、松戸の障害のある子供たちが、つくった、品を、来場者に配ることに、よって、その工賃の一部を、支援すると。という内容でございますので、是非ですね、松戸の未来を応援すると思ってですね、何よりも、私のノルマが、非常に多くて、(会場 笑)2000枚中、200枚私が売らなくてはいけなくて、とんでもないノルマを課されておりまして、もし買うときは、そこに電話しないで、ネットではなくて、私に直接、連絡頂きますよう、お願い申し上げて、今日の挨拶にします。どうぞよろしくお願いいたします。 

 

 

 

幹事報告 副幹事 吉田 健

松戸RCさん 3月例会変更のお知らせ

ポリオ根絶チャリティゴルフコンペの御案内

ロータリー囲碁同好会 台湾囲碁大会の御案内

RLI FT養成コース開催の御案内

ハイライトよねやま 

 

 

 

会員卓話 杉浦 昌則会員  「40周年を振り返る」

皆様こんにちは。「40周年を振り返る」ということで、たいして私貢献もしていないし、話すこともあまりないのですが、私は生まれが昭和21年で、西クラブが6月で40周年です。私は80周年なんですね。6月で。だから偉いわけではないのですが、そんなことも絡めながら、ちょっとお話したいと思います。今日は人数少ないので、後ろの方まで見えてしまって、恥ずかしいのですが、(会場 笑)私が入会したのが、1999年3月に入会しました。そのときの会長が、岡田庄一郎さんでした。そのときの会員数は、35名。それで35名のなかの、平均年齢が53才だったんです。私が入ったのが53才で入ったので、ちょうど自分がこの人たちの真ん中辺にいるんだと思ったんです。それで、それから27年経つわけです。今年で。27年経つとどうなったかというと、その人達のなかで、私より年長者の方、全員、もういないんです。退会された方も、いるんですが、ほとんど鬼籍に入られて、いなくなっているわけです。本当は私が一番の年長者なんですが、ここで成瀬会員に入って頂きまして、私より10才年上の、兄貴なんですがね、成瀬さんには、いてくれるおかげで、私は、ずっと若手でいられるのかなと、(会場 笑)そんなふうに思っているわけです。そうぞ、お元気で、いつまでも、(会場 笑)お願いしたいと思います。それで、ちょっと私の生まれたことの話から始めたいと思います。昭和21年6月というのは、戦争の玉音放送から、10か月目で私が生まれたわけですが、そのときは、日本はどうだったかというと、世界最貧国だったわけですね。昭和20年から、3年間、世界の最貧国、こないだ、大類先生が、(IM)来て頂きまして、こないだ夜、ここでお飲みになって、一緒に、食事をしたんですが、あの方が、もっと早く生まれていれば、ハイチとか、バングラディシュとか、遠いところ行って、ブルキナファソですか、そういうところに行かなくても、目の前が、日本が世界最貧国だったから、そこでボランティアできたんだろうなと、考えてしまったんですがね。それで、とにかく食べるものが無かったんですね。私も覚えていなんですがね。成瀬さん、先輩なんかは、よくそういう体験を覚えていらっしゃると思うんですがね。考えてみると、ひどい大胆だと思うんですね。同じ学校に行くのに、ハンカチ、ちり紙なんか、ちり紙なんか誰も持っていなくて、新聞紙を小さく切って、鼻を拭くのも、お尻を拭くのも、全部新聞紙でしたよね。そういう時代からみると、今は非常に、良い時代だなと思います。その最貧国が、復活のきっかけというのは、朝鮮戦争ですよね。昭和25年、私の女房が25年の生まれなんですが、そこで、朝鮮戦争が始まったおかげで、ロシアの傀儡政権の金日成、北朝鮮の、当時の領袖が、攻めてきたわけです。たちまち、釜山のほうまで、攻めてきたくらい、すごかったんですね。そのときに、アメリカが入って、押し返して、38度線で膠着状態になって、いまでも、そのまんまですね。戦争は終わっていないです。韓国と北朝鮮は。そこで休戦になって、休戦状態ですから、終戦にはなっていないです。講和も話がすすんでいないので。それから、その戦争以降ずっと、ロシアと、当時のソ連ですね。ソ連とアメリカの東西冷戦というのが、始まったわけですね。朝鮮戦争のときに、日本はここにいて、とにかく物資をどんどん送ったわけです。これが景気が良くなるきっかになって、日本は助かったというか、救われてきたわけです。その冷戦中は、日本は共産国の砦として、非常に大事な位置にあったわけです。だから、アメリカもイギリスも、終戦で自分もひどい目にあいましたが、それ以降は、日本がやることは、あんまり文句を言わなくなったんですね。それで、防衛のほうも向こうがなんとかしてくれる。アメリカがなんかバックにいるから、いいだろうと、いうことで、経済で前進して、当時のお父さんたちも、ずいぶん、よく働いたと思うんですね。ウチの親父なんか見ていても、熱があろうが、風邪をひこうが、なにしようが、仕事なんか、休んだことなかったですよね。それで残業、残業で、毎日遅く帰ってきて、そういう時代で、がんばったおかげで、私が24才くらいのときに、20年ちょっとで、日本は、今度は世界第2位の経済大国になったわけです。たった20年ですよね。22年ですね。正確に言うと。その時代を、私は生きてきたわけです。だから、すごいなというのは、日本のクオリティというのは、すごいなと本当に今でも感じますけどね。その世界第二位になる直前に、東京オリンピックがありました。東京オリンピックは、昭和39年、10月10日だったと思いますが、そのとき私は高校3年生で、私のお袋が踊りをやってまして、代々木国立競技場で、当時踊りを踊るというんで、三波春夫の東京五輪音頭、あれが流れるときにに、踊っていたんですよ。で、もう一つは、東京都だから、二つの曲を、出てって踊っていた。それに出たくて、出たくて、うちのお袋は、ちょっと具合が悪かったんですね。具合が悪いんだけど、どうしてもそれだけ終わらせたい。やりたいと。一生に、こんな機会はないのだから。と言って、でたわけですよ。オリンピックが終わって、すぐに親父と病院に行きましたら、直腸がん、手遅れ。だったわけですね。でも3が月から6か月くらいで、という話になってしまって、私は高校3年ですから、秋オリンピックが終わったころ、就職試験が終わっていたんですね。私の高校は、港区にあったんですが、進学が90何パーセントですね。当時は、高校生の進学率は、大学の進学率は、だいたい25%くらいだったんです。ほとんどが高卒で終わっていたんです。だけどその中で進学校ですから、9割以上が大学を受験するわけです。親父にこう言われたんです。暮れに近づいたころ、「お前の大学の費用、払えないぞ。」と、言われたんです。急に。それで、「どうして?」って、だいたいわかっていたけれど、お袋にものすごくお金がかかっていたんですね。当時、放射線治療って、滅茶苦茶お金がかかっていたんです。日本に機械が何台かしかなくて、その親父が、お袋のために、放射線治療やった。どうせ助からないのがわかっていたんですが、やったんですね。それで自分も翌年、定年、うちの親父は、日本国有鉄道でしたから、そのときに当時は、55才定年です。今じゃ若いけど、当時は55才で、終わりなんですね。だから、お袋次の歳になれば、自分の女房は死ぬ、というのはわかっていますから、そして自分が定年退職になってしまう。もう親父、正直言って、私なんかどうでも良いと思ったんですね。だから急に言い出して、「お前の学費なんて払えない。」と、それでも、なんとかして、私は、「これ、困ったな。」と、思ったんですね。今さら就職といっても、試験が終わってしまっている。それで、学校に行って金くれる学校ってないのかなと、調べたら、防衛大学と、海上保安大学があるんです。ここは、衣食住、かからないんですよ。全寮制で、制服から体操着、全部くれまして、おこずかいなんかもくれそうな感じなんです。で、食事ももちろんあるんです。国が、するんですから。当時から、防衛大学って、ものすごく難しいのは、わかっていたんですけど、そんなところ、受かるわけないなと。海上保安大学というのは、もう一つあるんです。同じようにやはり、全寮制で、お金がかからないんです。そこには、私は灯台コースを受けたんですが、灯台、今は無人ですが、当時は、灯台に人がいっぱいいましたから。海上保安丁は、灯台養成するんですよ。もう一つは、水路コースといって、船長、船の、もちろん通信士とか、航海士とかも、試験があるんですが、私は、とにかくそのなかで、水路コースというのが、やはり難しいんですね。競争率70何倍だった。それから、灯台コースは、50倍くらいあったんですが、僕自身がない。私、ウチの高校は、文系と理系にクラスが分かれていて、私数学勉強していないです。物理なんかも、やっていないです。だから、そんなのに、やはり理系の試験です。ああいういところはね。理系のところに行って、とにかく友達も、同級生たちも、「お前、なんとか、なるんじゃないの。」「行ってこい。」と、言われて、励まされ、行ったんですが、文系のものは、大丈夫だったんですが、理系のほうが、答えが解る前に、問題がわからなくてね、(会場 笑)これはもう、お手上げだと、言って、どうしようもなかったですね。そういうわけで、近所、ガソリンスタンドの親父のところに行って、「ちょっと働かせてくれ。」といって、働いていたわけですが、そんなスタートを切ったので、私は、世の中に、出るときに、ちょっと最悪のスタートを切ってしまったなと、というふうな思いがありまして、自分のなかでは、これは、自分で商売するしかない。将来。ですね。できれば、会社の組織を作って、何人も使ってね。そういう会社、企業にしたいなと、そういうふうに思ったんですが、でも、何をやっていいか、わからない。何の経験もなしに、金もないし、コネもないし、ということで、その3つが必要なんですね。やはり。将来。三つのCと、言われますけれども、キャリアーとしての、仕事がなにもやったことがないので、できるわけがないと。それから、キャッシュ、マネー。お金ですね。キャッシュが必要。それから、コネクションがね。やはりお客さんが、買ってくれるのも、いろいろと、人間関係とういのも、大事になるわけですね。その3つを何とかしないといけないというんですが、みんなほとんど、お金があれば、何かができると思っているんですが、逆なんですね。お金がなくても、できるんです。信用があればお金は貸してくれると。出してくれると。ということは、気が付いたんですが、でも35才まで、やはりかかりました。35才で、会社を作ったんですが、そのオーナーが、55%取られたわけですよ。株を。私が45%。敵うわけないですよね。で、わがままなオーナーですから、そのうち、喧嘩になるなと思ったけど、喧嘩になりそうな、ずっと喧嘩ばかり、最後はしていたんですが、5年くらいは辛抱しようと、思ったけど、ちょうどその35才で、行ったときに、今思えば、40才くらいで、なった5年目くらいに、この西クラブのロータリークラブができたわけです。でも、私は知らないです。ロータリークラブも。ロータリークラブの名前は知っていたんですが、西クラブのことなんて、何も、まだわからないわけで。そのときはまだ、東京でやっていたわけですから。それで、そのころはバブルがちょうど、弾ける前で、景気が良かったですから、会社で、5年間のうち、土地も買ったりして、やっていたんですが、それが結果的に、株を、資産を、値上がったりしてて、それを株を買い戻してもらったら数千万の金になったわけですよ。それでまた、今度は市川に出てきて、今度は私は、オーナー社長のね、これをやりたかったわけです。最初から。ちょっとわき道にそれたんですが、誰にも文句を言われることがない。俺一人でなんでも決めてできるんだと、喜んでやったんですがね。それが、41才のときですね。始めたんですが、だからちょうど、西クラブができたころ、私も、心機一転、市川で、ゼロから始まったわけです。おかげさまで、そのときは、まだまだ、景気が良かったんですが、それの波にのってね、葬儀関係の市場でしたから、そこでううまく、食い込んで、なんとか食べられるようになったんですがね。それで、私の業界の仲間に、写真のカメラのみき というのがいまして、三浦さんというのがね。彼が、私、結構、あの人は逆に私の10個下なんですがね。仲良く、飲みあっていたんですね。それで、よくロータリーで、遊んだ話ばかりをしているんです。あの人。ロータリーが、何が役に立つとか、そういう話が一切なくて、ロータリーで、こんなことした。とか、あんなことしたとか。楽しそうなことばかり言っているんですね。それで、杉浦さん、来てよ。来てよ。ということを、随分言われまして。私は、ロータリークラブというのは、存在はわかっていましたから、ただ、自分がまだ、行くほどの、その会社の規模でもないし、忙しかったし、それで、将来、経営者になって、そういうところから、お話があったら、私はライオンズクラブは、行かないと。ロータリークラブに、そのときは、行こうと思っていたんですよ。というのは、私の若い時の、お客さんで、本当に、しょうがない、ろくでなしの、ライオンズクラブの会員がいたんで。(会場 笑)これ、渋谷のライオンズなんですがね。刑務所はいったり、喧嘩ばかりしているのがいて、そいつ見ていたらね、絶対にあんなところ行くか。と思いますよね。それで、将来、やはりまたまた、三浦さんからロータリークラブの話があったんで、ロータリーだったら良いかと、なんか名前から言ったて、ライオンズとか、脅かすような名前ですしね。ロータリーというのは、なんか、丸くて柔らかくて、いいじゃないですか。とっつきがいいですよね。だから、ロータリークラブに入って。それが、運のつきで、今日まで、続いたんですがね。

私がロータリーに、1999年に入会したときに、先輩の会員で、今も西クラブにいらっしゃる方は、何名もいますけれども、その方は、チャーターの福岡会員とか、川上会員、山田会員、浅野会員、石井会員、河合会員、宮野会員、神谷会員、と、8名まだ、いらっしゃるわけです。亡くなった方は、福岡芳弘様、この方は、第一代の会長ですね。福岡さんのお父さんですね。それから関口会員、関口さんのお父さん。昨年亡くなられた。その後、順不同ですが、渡辺綱彦さん。臼倉 玄純さん。秋元 勝造さん。岡田庄一郎さん。佐々木征四郎さん。村田 稔さん。相川 修さん。竹内 俊夫さん。小菅 壽和さん。小菅さんは、私より年齢が下でした。亡くなられたんですが。この中の17名、他にも退会されて、亡くなったという方も、たぶんいるんじゃないかなと、思いますが、やはりこの、私が入ってからの27年間のこの時代で、これだけ、多くの方が、入れ替わったということは、これからまた、20年30年、ロータリークラブが続くんですが、ここではまた違う、姿になって、かならず生き延びてほしいですよね。存在してほしいなと、強く思います。それは。それから、結局私が40代の41才のときに、今の市川で仕事を始めて、そのあとに、バブルが弾けてきたわけですね。そうすると、そのころに、東西の冷戦も、終了するわけです。ソ連が崩壊して、今はロシアになりましたけれども、そのことがありまして、日本の存在は、なくなってきたわけですよ。ということは、欧米の日本に対して、冷たい。こと日本たたきが始まったんですよね。ですから、そのときはクリントン大統領、経済の黒船と言われましたけれども、向こうからいろんな圧力が来て、だから保険会社の入り込み、金融、銀行なんかも入り込み、日本の郵便局が、世界一の銀行であるはずの郵便局が解体され、小泉純一郎さんの、ときにね、解体され、そういうことが、本当に、日本の経済がバラバラにされていったのが、この戦後、30年はですね、次の停滞しているとよく言われますが、そういうことが始まったわけです。それで、2011年くらいに、もう日本は、中国に追い抜かれたわけですね。ようするに、アメリカがトップですから、アメリカに最終的には、叩かれるわけですよ。日本はね。もう日本の存在価値がない。お前なんか、もういいと。ということで、日本たたきの政策が始まって、それが、向こうからみれば、功を奏して、日本が落ち込んできたわけです。それでその代わり、中国が、今度は2位になりましたが。それで、いまは今度ね、トランプになって、はっきりとしてきたわけです。今度は中国を叩こうとしているわけです。ただ、どこまで本気で叩くかわかりませんが、本来の存在価値からいけば、日本の存在価値がまた、上がってくるんです。ロシアと中国と、北朝鮮が、ここにありますから、そこにやはり、日本が、共闘国として、ある程度、力を持っていれば、アメリカもいいんです。それが、無くなった時に、向こうは、こっち太平洋でてきますから。だからそういう意味で、日本の価値観がまた、上がってきているんです。ですから、この日本が今、千載一遇のチャンス、とまでは言わないけれども、良い時代に入りつつあるんですね。これよく見極めないと、日本が駄目だあ。と、言っているんではなくて、いままでちょっと自信を無くしていましたよ。ここ数年。ここ30年間ですね。ここから良くなるはずなんですが、ただ、トランプさんが、花火みたいにいろんなことを、上げちゃっているんで、難しいものがあるんですが、これは三度目の正直と言いますが。一度目は、日本が日露戦争までの日本。どこからなく、明治維新になって、明治になって、時間があまりないのですが、そのときには、当時はイギリスが覇権国だった。世界の覇権国だったわけですね。アメリカよりも力が強かったんです。技術的にもそう。産業革命は、その頃に起きて、ずっと第一次世界大戦が終わるまでは、イギリスがそうだったんですね。そこで日本に対して、異常にですね、ロシアやヨーロッパにも、アジアに拡大させないために、日本に強くなってほしい。と、言う時代が、ずっと続いて、最終的に、日露戦争まで行きついて、日露戦争に日本は、ロシアを叩いてしまったわけです。そのころが、一つの、良い時期だったんですね。その後に、日本が、だんだん満州国を作ったり、東南アジアに出ていって、拡大していったんで、今度は逆に、にらまれて、アメリカとイギリスに叩かれたわけですね。と、思ったら、今度は、朝鮮戦争で、また、新たにロシアが出てきて、それまた、ずっと長い間、日本は経済的に、無事に発展しつつあるわけで、でもそれが叩かれたということは、今、お話しましたがその叩かれた時代がまた、終わって、今度は中国たたき、ナンバー1は、ナンバー2を、たたくのが、当たり前の話ですから、ただここで、中国があまりにも強大になりすぎると、アメリカも手に負えないとなったときに、アメリカと中国が、とりあえず手を結んだときに、日本の価値は、何にもないですから、大変なことになると思いますね。で、そうならないように、やはり、アメリカと日本は、連携しながら、中国の、実際は強く見えますけど、あれ、張り子の虎みたいな分もあるわけです。非常に経済が停滞している、不動産は、ぐちゃぐちゃ。それから、大学出たら、即失業と、いうような、ことですよね。それから、中国には、エネルギーの資源がないですから。それから食料も、輸入しなければ食べられないという国ですから。昔の日本と一緒です。大英帝国も、資源がなかった。食料もないんですよ。それで戦争をおっぱじめても、なかなかそうは、いかないんですね。ロシアが強いのは、輸出国なんです。両方とも。資源も食料も。大輸出国なんです。それから、アメリカも、なんだかんだ言いながら、資源も食料も勿論大丈夫なんですね。ただ、ああいうところは、やはり、多角的で強いですよね。日本みたいなのは、あるいは、中国みたいなのは、経済がガタガタになったときに、将来はわかりません。という問題を沢山抱えている。日本よりも、もっとスピードで、少子高齢化が始まる。それから、いろんな民族の問題とか、ありますんで、あれが、中華思想というのは、北と、北夷といって、ようするに野蛮な連中がいるんですよね。北には。それから西の方には、西戎と言ってますけど、これは新 ウイグルとか、あっちのほう。それから、北はモンゴル。内モンゴルですよね。チベット、東南アジアも、その辺ですよね。ベトナムまで含めて。東のほうはないんですよね。日本、こちらがいるわけです。だから、それを、あの人たちは、とりたい。とったあと、どうなるかというと、野蛮な国だから、自分たちの力で、どうにかしようという話になりますんで、非常に危険な話ですから、中国をこれ以上、のさばらせては、絶対にいけないというふうに思うわけですよね。ちょっと政治的な話になってしまいましたが、申し訳ないですけど、そういうわけで、日本がロータリークラブが、一時戦争のときに、「アメリカのクラブをやっているじゃないか。」ということで、ありましたんで、一次国際ロータリーを脱退しましたけれども、今、またこうして、みんなでこうして、ロータリークラブを繁栄してますんで、これは永久に、日本が戦争に巻き込まれないように、するためには、どうしたらよいか。ただ、発展、発展と言ってもしょうがないですよ。今日、帰ってきたんですが、昔17世紀のフランスの数学者、パスカルの原理のパスカル。パスカルが言っているんですが、「力なき正義は、無理である。」と。ですから、戦争を起こさないためには、ただ、反対です。じゃなくて、やはり、一方で力を蓄えないと、日本は、やられますよ。という話ですよね。国力があっても良いんですよ。ロシアと、ウクライナで、あんなに騒がれても、4年も頑張っているんです。日本だから、やる気があるかどうか。そのための備えがあるかどうか。の話なんですよ。ですから、初めから中国にかなわない。んじゃなくて、そこを考えなくちゃいけない。なと、ロータリーが、ずっとこの後、50年100年続いてほしいなと、私は本当に思ってますんで、そのときは、もちろん私も、みんないなくなりますけどもね、そんなときを考えております。話が違うかもしれませが、終わります。失礼しました。

 

 

委員会報告

 

ガバナー補佐 石井 弘会員

2月17日IMにつきましては、河合実行委員長はじめ、皆様にご協力いただきまして、無事に終了することができました。どうも皆様、ありがとうございました。

 

 

稲葉のりひさ会員 次週40周年実行委員会があります。

 

お祝い披露

 

 

ニコニコ発表 関口 貴之会員

 

点鐘 杉山 由祥会長

 

閉会

第1848回例会(2026.2.17)インターシティミーティング

第1848回例会(2026.2.17)インターシティ・ミーティング

松戸西ロータリークラブ 第1848回 例会 令和8年2月17日 IMインターシティ・ミーティング

 

 

 

第13グループ合同例会

松戸西RC例会   第1848回

 

司会進行 関口 貴之(松戸西RC)

 

開会宣言・点鐘 松戸西RC 会長 杉山 由祥

 

国歌斉唱

 

ロータリーソング斉唱

 

会長挨拶 5クラブ代表  松戸西RC  会長  杉山 由祥

改めまして、皆様本日はお忙しいなか、合同例会、ならびにインターシティ・ミーティング、お集まりを頂きまして、誠にありがとうございます。5クラブを代表してのご挨拶ということで、ホストクラブとして、松戸西RC会長の役割として、ご挨拶をさせていただきますが、先輩諸兄がいらっしゃるなかで、ご挨拶をさせて頂く、大変恐縮でございますが、お役目と思って、御容赦頂ければと、思っております。今日は、石井ガバナー補佐、そして、河合実行委員長はじめ、我々松戸西ロータリークラブホストクラブとして、準備を重ねてまいりました。圡屋 亮平パストガバナーはじめ、多くの御来賓の皆様にご出席を頂きましたこと、そして、何よりも、5クラブの会長幹事はじめ、会員の皆様に、これほど多くの皆様にお集まりいただいたことを、心から感謝申し上げます。ただ、準備をいっぱいしすぎて、スケジュールがかなり、タイトになっておりまして、私のお役目はいかにそれを短くするかということでございますので、5分と頂いている会長の挨拶しっかりと短くさせて頂いて、これから皆様にもご挨拶を頂きたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。後ほど、各会長の皆様には、エレクトのご紹介のときにも、ご挨拶を頂く予定でございますので、どうぞよろしくお願いいたします。それでは今日は長丁場でございますが、よろしくお願いします。ありがとうございます。

 

 

スリランカ大使官員紹介 第13グループガバナー補佐 石井 弘(松戸西RC)

どうも皆さん、こんにちは。ガバナー補佐の石井でございます。どうぞよろしくお願いいたします。スリランカの義援金につきましては、各クラブを回らせて頂いたときに、お話をさせていただきましたけれども、今日は実はですね、先ほど10時半から、一等書記官がこちらに見えて、ここでお礼のお話をして頂く予定でございましたが、どうしても、急用ができまして、松戸RCの待山商工会議所 会頭に、表敬訪問をさせて頂いた後に、お帰りになりましたので、今日は、スリランカビジネス評議会のお二人が、残ってくれましたので、後ほど、支援の状況や、現地の報告をさせて頂ければと思います。実は、スリランカは、サイクロンで、支援金につきましては、10月13日に、地区ガバナー補佐・委員長会議にスリランカの在日大使がお見えになりまして、支援要請がございました。それを受けまして、支援の開始をすることが、決定を致しました。現在の状況は、ざっとこのような形になっておりまして、皆様に、すでにご支援を頂いていると思いますが、こちらの口座のほうで、地区のほうで、受付を致しております。もうすでに、皆様から、各クラブから、支援金を頂いておりますが、もし、支援の募金を忘れたな、という方は、受付のほうにも募金箱を準備してございますので、入れて頂ければ、ありがたいなと、というふうに思います。そして、スリランカと日本の歴史、なかなか皆さん知っているようで、知らないというのが、よく言われましたので、あえて、このIMで言わして頂こうということで、実は1945年、昭和20年に、第二次世界大戦で、日本は敗北をして負けました。26年のサンフランシスコ講和会議におきまして、この会議は、日本をどのように戦勝国が統治をしていくかという会議でございました。この左側の、当時のソビエト、ロシアが、提案した、日本列島を、四つに分けて、統治をしていこうという案でございます。赤いところがロシア、ブルーが、アメリカ、グリーンが、イギリス、そして四国は、中国、この四つに分けて、統治をしていこうという案と、100年経っても払いきれない、戦争賠償金を、ソビエトを含む、共産圏要求をして参りました。東京は、この4国で、四つに分断をして、統治をしようという案だったそうです。もしこれが、実施をされていたら、東京は、ベルリンの壁よりも、ひどいことになっていたのであろうと、思われますし、四つに分断していたら、私は、幸せにこのような、ロータリーもできなかったかなと、というふうに思っております。右側のグリーン一色は、この、ジャヤワルダナという、スリランカの大統領ですが、当時のセイロンの大蔵大臣ですが、仏教の言葉を用いながら、日本列島、一島独立、そして戦争賠償金放棄と、いうスピーチを、勇気をもってしていただきました。これが代表団の心を打って、今の日本列島、このグリーンのように、一島独立を勝ち得たという歴史があります。そして今、スリランカは、かなり大きな被害を受けておりまして、被害総額4兆円と言われております。その被害にあっておりますので、我々は今こそ、恩返しということで、スリランカのほうに、義援金を出そうということで、支援を決定したところでございます。こういう理由からも、どうぞ一つ、もしまだ、募金を忘れたなという方は、受付のほうでお願いできればと、思います。この後はですね、先ほどの一等書記官が、どうしても急用ができまして、退席されましたので、スリランカのビジネス評議会というのがございまして、そこの会長がお見えにございますので、会長より、現在のスリランカの状況、そしてまた、今後の見通しにつきましても、発表して頂きたいと思いますので、よろしくお願い致します。

 

スリランカ サイクロン被害状況 

 

スリランカビジネス評議会 会長 ジテンドラ・サマラ・ワイクラマ様

こんにちは。スリランカビジネス評議会 ジテンドラと申します。先ほど、紹介していただきました。先ほど石井さんの、スリランカについてのお話を頂いたと思うのですが、スリランカは、前、11月頃に、大雨があって、1分間で500ミリという、すごい大雨があって、山崩れとか、水の被害がものすごくあって、大変なことになっています。一次は大雨で大変だったのですが、それよりも山のほうが、紅茶畑とか、山崩れで大勢の人が亡くなったり、小さい家を持っている人が、家の半分が壊れたり、そういう被害があって、言って頂いた4兆年を超える金額に被害になっています。大使館のなかにあって、私達も、私たちのお客様も、友達も、いろんなサポートをして頂いているところで、ロータリークラブの皆様も、できる限りスリランカに、気持ち、一寸だけでも、支援をして頂ければ、幸いです。ありがとうございます。

 

スリランカビジネス評議会 国際担当 サジー・ラジャー・フンタラ様

これから動画、短い動画かもしれませんが、ちょっと見て頂ければと思います。ありがとうございます。

 

スリランカ サイクロン被害 ビデオ上映

 

質疑応答

(松戸西RC)

松戸西RCの  と申します。本日は来ていただき、ありがとうございます。スリランカの災害があったということで、お見舞い申し上げます。先ほどご紹介のあった、スリランカビジネス評議会というのは、どのような、組織なのか、もしよろしければ、教えて頂ければ、助かります。お願い致します。

 

スリランカビジネス評議会 会長 ジテンドラ・サマラ・ワイクラマ様

スリランカビジネス評議会というのは、2003年にスリランカの政府が、色々な方面にお願いをして、例えば日本の大使館、アメリカ大使館、それぞれの国で、作った組合ですが、スリランカビジネス評議会、ジャパンというのが、日本です。例えば、ドバイであったり、同じ組合が、いろんな国にあります。ちょうど2003年に、大使館のなかで、登録して、始まった組合ですが、それが、私達にも商売している人間で、私達がやりたい、やったわけではなく、国のお願いで、会社を作って、会社をやっている社長とか、役員とかが、会員になれる組合ですね。その組合の、ロータリークラブと、若干似ているところがあって、誰もが会員にはなれないです。少なくとも、二人紹介して頂いて、その後、大使館が、その人のことを、その会社のことを、検査させて頂いて、ということになります。会員になるのが。会員になって、みんなと、いろんな情報交換とか、いろんなイベントやったりとか、いろんな商売の事、相談したりとか、そういうことが、いまのところ、やっています。ちょうど20周年になるんですが、日本のビジネス評議会の20周年で、国際部分を、そこで頂いたのです。グローバルフェデレーションといって、組合、グローバルフェデレーションが、スリランカで登録をして、グローバルフェレデーションとういところが、誰でも会員になれない。けれども、組合が、会員になれるんですよ。組合が会員になって頂いて、それの情報、僕は、アメリカのあるデータを知りたいとか、そこにある組合の、みんなの話とか、どういったことをやっているとか、そういうのを、知りたいと。僕は、宝石の会社をやっています。そういう展示会のことを知りたいとか。だったらそこの組合と、相談して、るデータ、細かく、手に入れることができるようになっています。そこの会長をやっているのが、サジーさんです。ウチの日本スリランカビジネス評議会も、サジーさんが、国際部門の担当をしていらっしゃいます。どうぞサジーさんからも、なにか一言、言っていただけばと思います。

 

スリランカビジネス評議会 国際担当 サジー・ラジャー・フンタラ様

グローバルフェデレーション、ビジネス評議会の20周年のアニバーサリーのときに、作ったものなんですね。そのときは、日本にある、スリランカビジネス評議会は、そういうものが他の国にあるかどうかも知らなかったんです。日本にあるんだったら、絶対に他の国にもあるんじゃないですか。という話をして、誰も知らないから、それを探して、あれば、全部集めて、ひとつのアンブレラ、傘みたいな、オーガナイゼーションしましょうと。という話で、仕組まれた、フェデレーションです。だから、データだけではなく、例えばカナダのカウンセルの、レストランをやっている人が、日本に入りたい。けれども、日本のコンタクトがない。ネットワークがない。リソースがない。けど、日本のメンバはそれがありますから、そういうサポートをしたり、日本のメンバーが、ドバイでこれをやったり、そっちのサポートをしたり。そういう、世界のフェデレーションで、いまは、18カ国で、メンバーが、います。3000人~4000人くらい、います。国によっても、これからも、ビジネスカウンセルフェデレーション、(日本スリランカビジネス評議会)いろいろ、やっていきたいと思います。

 

基調講演 大類 隼人 様(沖縄 首里RC)

「途上国支援の現実と創り出す未来」

 

 

 

会長挨拶 松戸西RC      杉山 由祥

改めまして、松戸西RC会長の杉山 由祥でございます。我々松戸西RCは、ご存知の通り、最も小さくて、最も若いクラブでございます。そういったクラブがですね、やはりこういった5クラブも皆様をお招きする、ホストクラブとして、お迎えをするにあたってはですね、やはり一人一役をしっかり担って頂けなければ、そういったものが全うできないと思っておりますが、おかげさまで松戸西RC会員の皆様の御協力、そして、ご理解のおかげでこのように、会長職を務めさせていただけるということを、まずもって、感謝申し上げたいし、ありがたいことだなと、思って、務めております。私、会長になりまして、三つの大きなミッションがあったと思います。一つ目は、もちろん、会員増強、ということでありまして、直近で増えました、二人の会員はいずれも30代ということで、若い会員をどんどん増やしていくと。いうことが、できてよかったなと思っております。そして二つ目は、石井ガバナー補佐を輩出するクラブとして、一年間しっかりと、その下支えをして、全うしていきたい。この二目目は、おかげさまをもちまして、11月の情報研修会、そして今日のインターシティ・ミーティング、そして次は、4月21日に予定されている、5クラブ親睦ゴルフ大会、これをしっかりと皆様をお迎えする体制で、みんなでまとまっていきたいなと、思っております。そして三つ目の、これが一番大事なミッションですが、我々松戸西RCは、今年の6月2日で、40周年を迎えさせて頂きます。勿論、最もこの5クラブのなかでは、歴史が浅いわけではありますが、しかしその、40周年を機に、40年の歴史をふり返って、そして次の10年に向けて、みんなで歩みだそう、という目標を立てまして、今年ずっと、いろんな事業をやらせて頂きました。具体的には、松戸の未来のためには、何か、記念事業をしたいと。ということで、一つ、「ふれあい22」という松戸市の障害福祉センターが、ございます。これ、土屋パストガバナーのご協力のおかげでできた、松戸市の障害福祉の基幹となる施設で、ありますけれども、こちらに、フレームランナーという、器具を寄贈させて頂きました。これ、どうしう機種かと申しますと、例えば脳性麻痺で、普段運動ができない、歩けない。という子であっても、その機種をつかうことによって、例えば、短距離走でも、走れるようになる。という、まあ、ある意味、スポーツタイプの車椅子ですね。これが、まだ千葉県内に、ひとつも導入がされていないので、是非とも、これが欲しいと言ったて、なかなか松戸市では、予算がつかない。ということで、これは、我々が、きちっと、この機会にですね、寄贈させて頂こうと、いうことで、12月に、寄贈をさせて頂きました。おかげさまで、この機種をつかってすでに、沢山のこどもたちが、スポーツすることによって、親御さんから、たいへん大きな感謝の声が聞こえておりますし、実はこのフレームランナーを使って、フレームランニングという競技が、次のロサンゼルスオリンピック・パラリンピックの正式種目に採用されました。やはりこの機材を使って、松戸市から、もしかしたら、パラリンピアが生まれるかもしれません。そういう夢と希望を、与えていけるような、事業ができた、ということも本当に、誇らしいことだなと、思っております。次は、稲葉のりひさ会長エレクトに、私達の次のバトンを譲るわけでありますが、稲葉エレクト、11月の情報研修会のときに、「ロータリー不思議発見」の、企画を立てて頂いて、本当に企画力と、そしてガッツがある会長エレクトでございますので、どうか引き続き、よろしくお願いいたします。バトンタッチします。

 

会長エレクト挨拶 松戸西RC 稲葉 のりひさ 

皆様、こんにちは。今、ご紹介いただきました、松戸西RC、次年度会長の稲葉です。大類先生、先ほどは、貴重なお話、ありがとうございました。大変、勉強になりました。皆様、だいぶ、お疲れのようなので、私は手短に、お話をさせて頂きので、よろしくお願いいたします。松戸西RCはですね、二台柱は親睦と国際奉仕です。これまで、私たちは、スリランカ、それからモンゴルにおいて、国際奉仕プロジェクトを、やってきました。特に、モンゴルと、モンゴルの国では、井戸を掘ったりとか、トイレを設置して、向こうの子供たちの生活環境改善のために、地区補助金を使って、やらせて頂きました。それでタミルRC(モンゴル国)は、実は、私達40周年記念を、この6月にやるんですが、このプロジェクトのなかで、タミルRCとは、姉妹クラブの提携をさせて頂きまして、かなり親密な関係になりました。これまでのプロジェクトの、功績と、40周年をお祝いするということで、なんと、タミルRCのメンバーが、22名、6月の僕らの、40周年記念に、来てくれる。ということで、モンゴルの方が、こっちに来るのは、結構大変なんですよ。年収差が3倍から5倍ありますので、日本に旅行に来るということは、かなりお金もかかりますし、一大イベントになりますので、これは22名も来て、日本に来ると。ということで、事業としては、戸定邸のほうに、記念植樹、共同でやらせて頂きまして、こちらのほうの、記念イベントを、聖徳大学の講堂のほうで、やらせて頂きますので、ホールの上のほうで。あそこで記念式典を行いまして、それから、次の日は、日本の観光を是非楽しんで頂きたいなと、思ってます。そこで、皆さんにご協力頂きたいことがありまして、モンゴルの方、ウチのメンバーは知っていますが、無茶苦茶酒が強いんです。モンゴルは、寒い国で、お酒を、ウォッカとか、ウイスキーを、ショットで、ガンガン飲んでくるんですよ。懇親会になりますと、飲み会の対決みたいになりまして、だいたいほとんど、日本が全敗です。向こうの方、本当に強いので、女性も強いし、男性も強いし、半分以上が、女性が来るのですが、女性にも、敵わないということなんで、お酒の強い人、是非ですね、懇親会に、応援で参加して頂きまして、応援に来て頂ければ、僕らも、戦えると思っているのですが、西クラブだけでは、たぶん、また敗北すると思いますので。そんなことを、やりながら、親睦を深めて、いきたいと思ってます。それはそれとして、日本で楽しんで頂いて、お戻り頂いて、僕らとしては、まだまだ、スリランカ、それからモンゴルの子供たちの生活環境、非常に厳しいものがありますので、これの支援を、続けていく、さきほど、大類先生の、お話にも、ありましたけれども、繋いでいくということが大事だと思ってますので、私の年度でも、またその次の年度でも、繋がれるような、事業を続けていきたいと思ってます。また、次の年度では、楽しい例会というのを、目指してますので、それも、含めて、国内も楽しく、例会でも、支援をしながら、楽しい例会をしていきたいと思ってますので、よろしくお願いいたします。以上です。ありがとうございました。

 

閉会宣言・点鐘 松戸西RC 会長 杉山 由祥 

本当に今日はですね、5クラブの皆様、長時間にわたりまして、御参加を頂きまして、誠にありがとうございました。何よりですね、大類先生、本当に素晴らしい御講演を頂きまして、誠にありがとうございました。今日の皆様との学び、そして交流が、これからも、5クラブでどんどん繋がって、広がっていくことを願いまして、点鐘させて頂きます。ありがとうございました。

第1847回例会(2026.2.10)を開催しました

第1847回例会(2026.2.10)を開催しました

 

松戸西ロータリークラブ 第1847回 例会 令和8年2月10日 

 

司会進行 竹内 義彦会員

 

点鐘 杉山 由祥会長

 

 

国歌斉唱

 

ロータリーソング斉唱

 

 

食事

 

 

会長挨拶 杉山 由祥会長

 

皆様、改めまして、こんにちは。

今週も例会にお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。先週は福岡会員の「黄綬褒章」受章記念祝賀例会ということで、新松戸の「しゃぶ源」さんで開催させて頂きましたことを、 多くの皆様にご参加頂いて、福岡さんをお祝いできたことを本当に嬉しく思っています。福岡会員には記念の品までご用意して頂き、ありがとうございました。またこれからも西クラブのために、いつまでもお元気でいて頂ければと、思っております。よろしくお願いいたします。

私自身もやっと一昨日、総選挙が終わって、開放されたわけでありますが、本当であれば総選挙期間中に、私カンボジアに行く予定もありましたし、引っ越しの予定もありましたが、すべてキャンセルし、いまだにまだ、髪を切りにいけないという状況でありまして、やっと日常を取り戻すにあたって、もう少し今回の選挙の意味というものを振り返ってみようと思っています。少し政治的なお話なるのですが、御容赦頂きたいなと思っています。報道、結果の通りでありまして、ここまで単一の政党が、衆議院選挙で圧勝するというのは、憲政史上初めてということであります。実際には330議席を単独で獲るくらいの票数を集めた。ところが比例の候補が足りなくて、14議席を他の政党にくれたと。実は、私が渡辺博道代議士の秘書をやっていた郵政選挙のときにも、同じ事が起こりまして、あのときは、東京の比例ブロックで、1議席足りなくて、その1議席、実は旧社会党の人なんですね。それが今の世田谷の区長をやっている保坂展人さん。よくよく考えてみるとこの制度、本当に異常な制度でありまして、そもそも自民党として信任をして投じた1票を、全く主義主張の違う政党に1議席にならないのは、ちょっとこれは、あまりにもおかしな制度だと。実は当時、その議論があったんですが、ところが残念ながら国会議員の皆さん、それを放置して、 これまで公職選挙法を変えないで、こういう風にしてきた結果、 またこういうことが生まれてしまって、ある意味ではこれは、有権者への背信行為だと思っておりますので、今回、安定政権を作ったからには、是非そういった選挙制度の見直しにも、腰を据えて、ちゃんとやるべきでないかと、勿論憲法改正とか、安全保障とかも、そうなんですが、やはりこの選挙制度の在り方、小選挙区制度になって今回11回目の、小選挙区制度では総選挙で、ありましたけれども、小選挙区比例代表並立制という制度は日本だけが、やっている制度なんですね。やはり死に票をつくらないために、比例という制度をつくったのですが、この比例というものが、わけのわからない動きをする。しかも、辞めても、議員個人、例えば、政党で、当選をしても、その政党を離党しても、議員の立場は補償されるわけです。それって、当選した当時の、有権者の気持ちにちゃんと沿っているかどうか。というのは、とてもこれ、政治家として忘れてはいけない、大事なことだとおもっているんです。今回の中道連合も最後まで浸透しなかったわけですが、結果として何が起きたかというと、立憲の票が溶けたんですね。今まで、反原発とか、反安保法制とかいうものを柱に据えていたものを、一気に変えてしまって、今までそれをあったがゆえに、応援してくれた、有権者の期待を裏切ったという怒りが、立憲の票が溶けて、立憲の出身者だった、国会議員が全滅すると。有り体に言えば、旧民主党系の議員が消滅したと。ということにつながったわけで、これ別に、政治の世界だけでなくて、ビジネスの世界でも、そうなんですが、ちゃんと自分のことを、応援してくれている、自分の、商売、商品を応援してくれている、コアな人を裏切るということが、いかに、恐ろしいことか。いかに有権者から、消費者から、見放されることなのか。というのも、有り体に見せつけてくれた、選挙だったんじゃないかなと、思っています。どこが良いとか悪いとかもあるんですが、やはりそういったものを、我々自身も忘れないで、しっかりと、商売だとか、政治とか、取り組んでいかないと、いけないのかなと、というふうに、思っております。

今日は来週予定しております、IMの前に、河合実行委員長から、IMの概要ご説明、頂いたうえでのクラブ協議会と、なっております。是非とも来週、石井ガバナー補佐主催のIM、成功に終われるよう、しっかりと準備してまいりたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。今日はありがとうございます。

 

 

幹事報告 吉田 健副幹事

松戸RCさん、松戸北RCさん、例会変更のお知らせ

専修大松戸高等学校ラグビー寄付の御礼と選抜甲子園出場決定のお知らせ

 

 

クラブ協議会 IM(インターシティ・ミーティング)に向けて

 

 

IM実行委員長 河合 直志会員

 

 

委員会報告

 

親睦委員会 委員長 山野井 章会員

親睦委員会より今年の親睦旅行は、5月17日から1泊 金沢・能登の予定です。新幹線の予約が取れました。8時半上野発、帰りが2時か3時の新幹線で夕方帰ってくる感じです。

 

 

山本 衛会員

広報委員会より ガバナー月信2月号 松戸西RCの記事が二つ載っております。一つは12頁 福岡秀実会員 「黄綬褒章を受章にあたり」記事が掲載されております。もう一つは11頁欄外。先月号で、「杉山会長」ではなく、「杉山議長」と掲載されており、そのお詫びと訂正が掲載されております。

 

稲葉 のりひさ会員 40周年記念実行委員会より 本日例会終了後、40周年実行委員会があります。40周年にあたり、友好クラブである、タミルRCさんから22名のメンバーがお祝いに来てくれます。皆様のご協力をお願いいたします。

 

石井 弘会員

先ほど河合委員長のほうから、いろいろお話がありましたが、来週がIMでございます。どうかひとつ皆様のご協力を頂きまして、成功裏に終わりたいと思っております。ひとつよろしくお願いいたします。

 

 

お祝い披露

 

ニコニコ発表 関口 貴之会員

 

点鐘 杉山 由祥会長

 

閉会

 

 

第1846回例会(2026.2.3)福岡会員「黄綬褒章」受章記念例会

第1846回例会(2026.2.3)福岡会員「黄綬褒章」受章記念例会

 

松戸西ロータリークラブ 第1846回 夜間移動例会 福岡会員「黄綬褒章」受章記念例会 令和8年2月3日  

 

司会進行 吉田 健副幹事

 

点鐘 杉山 由祥会長

 

 

会長挨拶 杉山 由祥会長

 

皆様、改めまして、こんばんは。今日は福岡会員の秋の褒章におきまして、「黄綬褒章」を受章されたということで、皆さんとお祝いする会をしたいということで、企画をさせて頂きました。一応例会でございますので、挨拶をさせて頂きますが、改めまして、この度の受章、おめでとうございます。(会場 拍手 拍手)「黄綬褒章」ということで、いろいろな褒章の種類があるのですが、一つの職務に精通された商業工業などの、そういったもののなかで、一つの職業に精通された方が受章される褒章と伺っております。皆さんもご存知のとおりですのでその辺は割愛させていただきますが、長い間、職務に精通された成果だと思いますので、我々自身も同じクラブのメンバーとして、嬉しく思っていますので、どうぞこれからも、お元気で頂いて、一緒に西クラブの活動を支えて頂ければと、思いますので、よろしくお願いいたします。

 

 

ご挨拶 福岡 秀実会員

 

本日は例会という貴重な時間を割いて頂きまして、このような私にこのような例会を開いて頂き、誠にありがとうございました。厚く御礼申し上げます。今会長からもお話ありましたように、私の場合は、教科書供給業務。これを長年にわたり、ずっとやってきたということで、頂いたことだったのですが、教科書というのは、ご存知のとおり、文科省の検定の教科書で、市販の教科書ではなくて、文科省の検定の教科書ということで、やらさせて頂いております。それでちょっと国との関わりがあります。そのことで、頂いたのではないかと、そういうふうに思っております。業界からいうと、毎年春と、秋に、二人ずつ、この業界は頂いております。私は、学校出てから、この道しか知らなくて、本来は全然違うことをやりたかったのですが、能力がなくて、学校に行きたかったのですが、学校側が、嫌だというものですから、(会場 笑)仕方なく家業を継ぐと、いうことで、家業を継いでなければ、こういうことにはならなかったのですが、何をやりたかったかというと、前にも言ったように、航空工学をやりたくて、飛行機の仕事でいきたかったのですが。そうすれば今頃は、三菱とか、なんとかジェットですか、200人乗りくらいのやつが、飛んでいたか、あるいは、どうかわかりませんが、(会場 大笑)でも、私が飛行機を作ったら、絶対にどうか。飛ばないのですから。(会場 笑)そういうことで、皆さんの、ご協力、さらにはいろんなご尽力をいただきまして、そのおかげで私のこうような、ロータリーでも大変世話になってですね、長年やってこられました。これもひとえに、皆さんのおかげだと、感謝しております。ここにいろいろ、言いたいことが書いてあります。暇なときに読んでください。このなかに、一番最後、近江商人の「三方良し」と、徳川家康 「東照公遺訓」がございます。ここに本来は「四つのテスト」を書きたかったんですが、ちょっと他の方に、「四つのテスト」を書いても、注釈をつけなくてはいけなくて、注釈つけたら、どうなるかと思ったのですが、本当にロータリーの「四つのテスト」ここに入れたかったんです。 というのが本音でございます。それほど、「四つのテスト」は、人生の規範だと思いますので、皆さんも何かあったら「四つのテスト」を、思い出して頂いて、人生を。私もロータリーでいろいろ勉強させていただきましたが、この言葉がロータリーではひとつのためになる言葉でした。他のことでは、この徳川家康というのは、ウチの父の実家に、こういうふうに書いてありまして、あとでまた読んで頂いて、これもまた長くなるのですが、徳川家康が書いたわけではなくて、後世の方が、書いたようなのですが。というわけで、本当に皆様のおかげで頂いたと思っておりますので、本当にありがとうございます。今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

 

祝辞 杉浦 昌則会員

こういうおめでたい席で、「黄綬褒章」を受章ということで、西クラブとしては3人目になるのですか。大変会員も喜んでいますし、大変名誉に感じております。西クラブがこれからも、頂ける人もいると思うのですが、私みたいに、職業を転々とした人間には、たぶん一生縁がないんですが、大変名誉なことですから、私達も一緒に楽しんで今日は、ゆっくりと食事を頂きたいと思います。こういう挨拶をする機会もなかったのですが、やはり皆さん、集まって頂いて、お祝いして頂けるということは、大変皆さん、暖かい、気持ちがここに結集しているんだなと、感じております。これからも、まだ、お若いですから、ますます頑張って頂いて、お仕事にも励んで頂きたいなと、思います。西クラブもこれからですね、大変良い方向に、皆さんで努力して、ますます良い会に、育ってくれればうれしいなと思います。今日は、福岡さん、本当におめでとうございました。

 

 

 

記念品授与

 

 

花束贈呈

 

ニコニコ報告 日暮 孝行会員

 

点鐘 杉山 由祥会長

 

閉会

 

 

乾杯挨拶 山田 正記会員

 

締め 川上 伸夫会員

 

 

 

 

 

 

第1845回例会(2026.1.27)を開催しました

第1845回例会(2026.1.27)を開催しました

 

松戸西ロータリークラブ 第1845回 例会 令和8年1月27日  

 

 

司会進行 竹内 義彦会員

 

点鐘 杉山 由祥会長

 

 

お客様紹介 関口 位子様

 

 

 

食事

 

 

会長挨拶 杉山 由祥会長

 

皆様、改めまして、こんにちは。今日も皆さん例会にご参加頂きまして誠にありがとうございます。また、故関口 宏会員奥様、今日はお越しいただきまして、誠にありがとうございます。今年は当クラブが40周年ということで、その歴史を振り返る、卓話、並びの例会を沢山やらせて頂いているのですが、関口宏会員が残された足跡というのは、たいへん我々クラブにとっては、大きなものでありましたので、是非その話を、今日は関口貴之会員にお話をして頂く例会となりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

さて、今日から衆議院選挙、総選挙が公示されまして、私も先ほどこの千葉6区の渡辺博道候補の出陣式に参加をして参りました。ちょうど、現役の片山さつき財務大臣がお越しになって、激励のご挨拶を頂いたわけですが、やはり今回の選挙戦の一つの争点である、「責任ある積極財政」というものを信任するか、しないかというものを問う選挙であるというお話を頂きました。その是非については、政治的な話なので、皆さんの判断におまかせするのですが、我々、地方自治体を守る立場としては、やはりその間についている国の予算をどうやって、執行するか。切れ目なく物価高騰対策をやっていくかというので、実はすでに、予算の使い方を決めております。明日おそらく記者発表になりますが、松戸市にも、12月に成立した国の補正予算で、よくワイドショーで、お米券、お米券と、騒がれていましたよね。あれ、何かというと、一人当たりだいたい3000円分くらいの、物価高騰対策を、それぞれの都道府県、市町村にお配りをするので、その使い方を、それぞれの自治体で決めてください。というようなもので、実は一人あたり3000円。幼児でも、お年寄りでも、全部一緒です。0歳でも、一人あたり3000円なので、だいたい松戸市50万人なので、15億円。それが、おりてきていて、それは物価高騰対策として、使ってください。と、それプラス、他の用途にも使えるように、ということで、全部で、34億円、きております。それの使い方がやっと決まりまして、我々としてはお米券はやめて、結果としては、額は額で少額だし、あまり皆さんにお待たせするのもですし、一番早く配れる現金で、お配りをすると、ということで、明日記者発表になると思います。それが15億円。残りの部分は、もともと松戸市の小中高校の給食費を無償化しているんですが、この部分がまだ国の予算がついていませんので、市が独自に手当をしておりましたが、その分として、残りの分は使わせて頂いて、プラス例えば病院の補助だとか、子育て支援の  の追加だとかで使わせてもらうと、ということになっていることが決まりました。なので、国のほうは、その点がどうなるかわかりませんが、我々は、きちっと、しっかりと、頂いたものは粛々と、執行をしていって、遅滞なく、皆さんの支援をしていくと、ということが、地方自治体の役目だということで、させて頂いて、おります。是非ですね、そういったものを、ご理解いただきながら、見ていただければ、ありがたいなと、思っております。多分に政治的な話でございますが、政治家なんで、仕方ないと、いうことで、御容赦を頂いてですね、今日はですね、関口さんのお話を今日は頂くわけでありますが、是非とも、40周年に向けて、今日、終わった後40周年の実行委員会もございますので、また皆さんにお残り頂いて、御意見をいただければ、ありがたいと思います。

今日もどうぞ、よろしくお願いいたします。

 

 

幹事報告 吉田 健副幹事 

2026年決議審議会 決議案提出のお願い

台湾国際大会 千葉ナイトのご案内

2025-26年度 12月度 MCRレポート送付のお知らせ

松戸献血ルームPURE様 献血のお願い

風のたより

次週 2月3日 移動例会 新松戸 しゃぶ源 夜間例会になります。18時開始 

 

 

 

卓話 関口 貴之会員  

 

まずは、本題に入る前に、先週の土曜日に開催されました地区の国際奉仕セミナーについて、簡単にご報告いたします。

今回のセミナーの講師として、来月のIMでも講師を依頼しております大類 隼人医師の基調講演がありました。大類さんは、NPOを立ち上げ、最貧国でありますハイチ、バングラディッシュ、ブルキナファソ等で、医療支援活動を実施しており、詳しくはIMの時にお聞きいただければと思うのですが、聞き手がぐいぐい引き込まれるような、様々な気づきを与えてくれるような内容のお話しでした。

石井補佐が掲げる今回のIMのテーマとぴったりなので、きっといいIMが開催できるのではないかと思います。委員会報告は以上ですが、

 

本日は、昨年5月に亡くなりました、私の父の思い出、そしてその経歴を通じて、父がなぜこれほど長くロータリークラブに関わり続けたのか、その一端をお話しさせていただければと思います。

 

まず冒頭に、一つご報告と御礼を申し上げます。

先月、杉山会長に松戸市へ掛け合っていただき、ロータリークラブでの長年の実績として、松戸市長より父へ感謝状を頂戴いたしました。

父はすでに他界しておりますが、この感謝状は、父個人というよりも、ロータリークラブの一員として地域に関わり続けてきたことへの評価であり、家族として、また一会員として、この上ない誇りでございます。

杉山会長には、心より感謝申し上げます。

 

また、本日は初めてお目にかかる方もいらっしゃるかと思いますが、この感謝の気持ちをどうしても直接お伝えしたいということで、母からも会員の皆様へ一言、ご挨拶をさせていただきます。どうぞお許しください。

 

それでは、父の生い立ちからお話しさせていただきます。

父は、終戦間近の昭和19年、現在の小金の地に生まれました。

戦争が終わる直前という時代背景もあり、幼少期は決して豊かな環境ではなかったと聞いています。

 

若いころの父は、当時「金の卵」と呼ばれていた建築士を目指していました。

大学にも内定し、将来の道が見え始めた矢先、私の祖父が松戸市議会議員へ立候補することになります。

 

当時の選挙は、今とはまったく様相が違います。

写真を見ると、家の庭で近所の方々が総出で炊き出しを行い、当選した際には、居間をぶち抜いて大勢で宴会をしている様子が写っています。

私が小さいころの記憶でも、毎日のように誰かが家を訪れ、祖父と雑談をしていました。

政治というよりも、「地域の人が集まる拠点」のような家だったのだと思います。

 

また、当時、小金町から松戸市へ合併したという経緯もあり、北小金駅から国道6号線まで、わずか1キロほどの間に、3人もの市議会議員候補が立候補するという激戦区でした。

地元の投票所の入口には、立候補者一覧の看板の横に、祖父の立て看板を30枚ほど並べていたそうです。

今では考えられませんが、それだけ地域ぐるみの選挙だったのだと思います。

 

当然、人手も資金も必要になります。

その結果、父は大学進学を断念し、祖父の選挙を支える道を選びました。

志半ばで進路を断たれ、「これから自分は何をすればいいのか」と悩んでいた父に、声をかけてくださったのが、近所に住んでおられた松本清さんでした。

松本清さんの奥様と祖父が同級生だったご縁もあり、以前から父のことを気にかけてくださっていたそうです。

 

ある日、「国が募集している、アメリカでマーケティングを学ぶ研修がある。行ってこい」と言われ、父はその言葉に背中を押されました。

出発前には、レストランに連れて行ってもらい、テーブルマナーを直接教わったと、父はよく話していました。

単なる技術だけでなく、「社会人としての在り方」を教えられた時間だったのかな、と思います。

 

父は2カ月間、アメリカでマーケティングを学びます。

当時の日本には、まだ八百屋や魚屋といった個人商店が主流でした。

アメリカのスーパーマーケットを目の当たりにし、父は強烈な衝撃を受けたそうです。

帰国後すぐに、地元で「スーパーひろし」と名付けたスーパーを開業します。

一緒に研修を受けた仲間の中には、後に関西で大手スーパーの社長になった方もいたと聞いています。

 

スーパーを経営していた時代は、寝る間もおしんで働いたと言っており、額に大きな傷があったのですが、市場から仕入れで戻る際、元々がせっかちな性格なので、6号線の陣が前の交差点のトンネルが混んでいるのに耐えられず、トンネルを逆走したら、前からくる車と正面衝突したとのことです。

 

父は3店舗ほどスーパーを経営しましたが、心の奥では、どうしても諦めきれない思いがありました。それが「設計」の仕事だったそうです。

 

最終的に、スーパー事業は兄弟たちに譲り、自身はデザイン設計の事務所を立ち上げ、現在の会社を設立しました。

一番初めに建てたマンションは、同じ時代に会社を立ち上げた浅野工務店さんにお願いしました。

東日本大震災の際、うちのマンションと浅野さんの本社、その両方が被災しましたが、そのとき父と浅野さんのお父様が、「一から作った会社なんだから、また一からやり直せばいいだけだよ」と笑い合っていた姿を覚えております。

 

職歴については、こんなところなんですが、父とロータリークラブとの関わりについて少しお話しします。

父は24歳でロータリークラブに入会し、松戸西クラブ35周年の際に引退するまで、約50年間、活動を続けました。

正直なところ、私が知っているのは、そのうちのほんの10年ほどです。

ただ、父が残した資料を調べる中で、父が単に「在籍していた会員」ではなく、松戸市内のロータリークラブの歴史の一端を担っていたことが分かってきました。

 

まず、20代で松戸ロータリークラブに入会しています。

同期には、現在の松戸クラブの会員である司法書士・山田達郎さんのお父様、山田勝重さんがいらっしゃったと聞いています。

私が子どものころは、会員の奥様同士が仲良くされ、家族ぐるみのお付き合いがありました。

私自身も、松戸クラブの方から、お年玉をいただいた記憶があります。

父にとってロータリーは、「例会だけの場」ではなく、「人生の一部」だったのだと思います。

 

松戸北クラブの周年冊子を見ると、1973年設立時のチャーターメンバー副幹事として、父の名前が記載されています。

当時の例会場は、北小金駅前の現在のりそな銀行の全身である協和銀行2階だったと聞いています。

その後、2年くらいで松戸クラブに戻り、さらに中央クラブ設立の際には、松戸クラブ幹事として、メンバー選定に関わったことが、中央ロータリークラブの周年冊子の父がスピーチした祝辞から分かりました。

 

中央クラブのチャーターナイトのアルバムを父が保管していたので、昨年、中央クラブへ寄贈させていただきました。

 

そして約5年後、松戸クラブ副会長に就任する直前に、松戸西クラブ設立のため、松戸西へ移籍しています。

父がよく話していたのが、「松戸の人口と事業所数を考えれば、市内に5つのクラブがあっていい」という考え方を提唱している方がいると語っておりました。

おそらく、その理念を共有する方々を中心に、父や福岡さんのお父様などが動き、現在のクラブ体制が築かれていったのではないかと思います。

 

そして、ロータリークラブには、このような手続き要覧という、ロータリーの法律書みたいな冊子があるのですが、こちらも、このように発行されるたびに、付箋をつけて、よく読み込んでおりました。

こちらは、2007年のもので、310ページあったものが、年々、薄くなっていき、こちら2016年では、118ページ、こないだ2025年度版をホームページで確認したら、72ページになっておりました。

 

私も、あまり読んだことがなかったのですが、ロータリーの専門用語や規則を詳しく解説しており、例えば、2007年の手続き要覧で、ガバナーについては、

ガバナーは、理事会の一般的な指揮、監督の下に職務を行うその地区におけるRIの役員である。地区内のクラブの管理は、ガバナーの直接監督下に置かれる。ガバナーは地区内のクラブに対する指導及び監督を行うことで、ロータリーの綱領を推進する任務を課せられてる。ガバナーは、地区内のクラブを啓発し、意欲を与え、地区内に継続性を確保するものとする。

と書かれており、資格について、ガバナーノミニーの資格に加え、ガバナーは、就任の時点で、一つまたは複数のクラブで、通算7年以上の会員であり、ガバナーエレクト研修セミナーおよび国際競技会に全機関を通して出席していなければならない

とされております。

 

しかし、2025年の手続き要覧の資格条件では、理事会によって許可されない限り、ガバナーは、就任時に、国際協議会に全期間を通して出席しており、少なくとも7年以上ロータリアンであり、第16.010.節の資格条件を引き続き保持していなければならない。と変更されており、要は昔は、絶対に全て参加していなければ、資格が与えられなかったのに、理事会の許可を得ればその限りでない、と抜け道ができたことになっております。

 

こんな感じで、手続き要覧が発行されるたびに、色々と変更されているので、おそらく父は、毎回、熟読していたのではなく、どこが変更されたのかチェックしていたのではないかな?と思います。

 

最後に、父が私に語っていた、ロータリークラブの魅力についてお話しします。

父はよく、「ロータリークラブのいい所は、1時間議論しても、結論を出さないのがいいんだ」と言っていました。

私は結論が出ないと気持ち悪いタイプなので、当時は正直、理解できませんでした。

しかし、山本さんが活動されているRLIの研修方法を聞いて、その意味が腑に落ちました。

ロータリアン同士が、先輩後輩関係なく議論する。

しかし、決して相手を批判しない。

そして、あえて結論を出さない。

だからこそ、考え続けることができ、相手を尊重し続けることができる。

父は、そうしたロータリーの文化そのものに、いごこちの良さを感じていたのではないかと思います。

今回、父の話をまとめる中で、改めて、父が多くのロータリアンに支えられ、また支えてきたことを実感しました。

その想いを、微力ながら私自身も引き継いでいければと思っております。

本日は、父の思い出話にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

 

 

 

関口会員より40周年実行委員会へ寄付

 

 

委員会報告

 

山野井 章会員  親睦員会より。今年度親睦旅行は、5月に開催することになりました。

5月17日18日 日曜日から月曜日の。一泊、場所は金沢。能登の復興を兼ねて金沢に行くことになりました。

 

 

河合 直志会員 IM実行委員会より 

 

 

稲葉のりひさ会員 40周年記念委員会より 今日、例会後に委員会がございます。参加願います。

 

お祝い披露 

会員誕生祝 

 

 

ニコニコ報告 日暮 孝行会員

 

点鐘 杉山 由祥会長

 

閉会

 

 

第1844回夜間例会・新年例会(2026.1.20)を開催しました

松戸西ロータリークラブ 第1844回 夜間例会・新年例会 令和8年1月20日  

 

司会進行 山本 沖会員

 

点鐘 杉山 由祥会長

 

 

お客様紹介 オブザーバー 北村総合歯科 院長 北村 英嗣 様

 

 

会長挨拶 杉山 由祥会長

改めまして、新年あけましておめでとうございます。先日の例会でもご挨拶をしたところではありますが、今日は新年例会ということですので、後ほど、例会内容としては、会員の皆様から今年の抱負を、短く1分程度で一人ずつ、ご挨拶頂きたいと思います。そしてまた、本日は北村総合歯科の北村先生、オブザーバーでお越しいただきました。ありがとうございます。(会場 拍手 拍手)昨年、松戸クラブの木村さんからご紹介を頂きまして、石井ガバナー補佐と一緒にご挨拶をさせて頂きました。一度、例会のほうの雰囲気を見に来て頂きたいということで、今日来て頂くことになりました。是非、ゆっくりとして頂きたいと思います。よろしくお願いいたします。もうニュースの方で沢山、いろんな政治の話が出ているので、ロータリーは政治の話は禁止ですから。(会場 大笑)今日は私は、話はしませんけれども、ちょっと来週あたりから、私も忙しくなるので、少し手が回らないこととか、いろいろと出てくるかもしれませんけれども、それは飲みながら、お話をさせて頂きたいと思っています。後ほど皆さんから、今年の抱負ということで、お話を頂く前に、私から、今年の抱負を述べさせていただきたいなと思っております。今年は午年ということで、私は四回目の年男を迎える年です。私自身、20年間この業界にいて、この11月でちょうど丸二十年、ひとつの区切りになると考えているのですが、他にもいろいろな変化が起きそうな年です。すでに総選挙も始まっており、政治もいっぱい動くし、市政も動くし、いろんなものが、どんどん動いていくなかで、私自身個人的には、来月引っ越しを予定しておりまして、引っ越しを機に、行政書士事務所の開業というものを準備をしている最中でございますので、今年一年、大変動きの多い年になるかと思います。いずれにしても、今年の6月2日に、40周年。松戸西ロータリークラブの40周年を迎えるわけでありますので、しっかりあと半年、皆さんと一緒にロータリークラブ活動をさせて頂いて、無事にこの40周年を乗り越えられるように、頑張っていきたいと思いますので、今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。それでは、今日も、よろしくお願いします。

 

 

幹事報告 副幹事 吉田 健 

松戸北RCさんより 会員卓話のご案内

スリランカ サイクロン被害支援金のお知らせ

松戸中央RCさんより 例会臨時変更のお知らせ

ヤングロータリアン つながりの夕べ のお知らせ

 

 

今年の抱負

 

中村 文典会員 先ほど会長が、4回目の午年ということでしたが、私は6回目の午年になります。午年のごとく、活発にいきたいと思いますので、よろしくお願いします。

 

高橋 英一会員 ロータリーに入りまして今年で3年目です。まだ私もロータリアンとしてまだまだですが、今年は、ロータリー活動を含め、会社のほうも50になった年なので、頑張っていきたいと思います。

 

 

浅野 実会員 今年は国際奉仕委員長を仰せつかっております。今年度はまだ何もやっていないのですが、6月の周年記念式典に、モンゴル国タミルRCのメンバーが25人来るということなので、がんばろうと思います。

 

 

中屋 光貴会員 今年は、ロータリー活動もそうなんですが、 家族と仲良くしようと思います。よろしくお願いします。

 

 

後藤 健介会員 今年は頑張って、働いて、働いて、頑張っていこうと思います。よろしくお願いします。

 

 

成瀬 三義会員 年をとると健康が一番問題で、長く頑張っていきたいと思っております。

 

 

山野井 章会員 今年は親睦委員長とウエスト会の会長をやってまして、一番大きいのは、4月にある5クラブ対抗コンペが、ウチのクラブがホストクラブなので、それが一番のメインイベントかなと思っております。今年はすごく良い年らしいので、昨年は良い事も悪い事もありましたが、今年は滅茶苦茶良い年にしたいなと思って、がんばってやってます。よろしくお願いします。

 

 

宮野 守会員  ロータリーに入っていると良い事、いっぱいありますから、(会場 大笑) 皆さんと一緒に。私も親睦の副委員長ですが、楽しくやりたいと思いますので、よろしくお願いします。今年は柏に行って、いろいろと苦労しております。でも、がんばってやりたいと思います。 以上です。

 

 

杉浦 昌則会員 今年は9月で80才になりますので、エンディングノートを書こうと思います。結構大変なのが残った人が、自分の親のパスワードとか、暗証番号がわからなくて、困ると。それで、それに詳しい人が、解読するのに2年かかってしまったり、あるんですね。特に何があるかというのは、そこに、書くかどうかわかりませんが、息子のパソコンに入れておくかと。自分が死んだ後のことは、勝手にやればいいんですが、特になにがあるかとか、そういうことはきちんと、生きているうちに。まだ頭が、半分ぼけていますが、全部ぼけていないので、今のうちに、しっかりそれを書き残そうと思います。以上です。

 

 

福岡 秀実会員 昨年は、「黄綬褒章」の栄に浴しまして、

大変良い年でありまして、私も後期高齢者になりまして、今、健康に気を付けてですね、もちろんロータリアンも、そうでございますし、「黄綬褒章」を頂いたということで、名に恥じないようにしていきたい。宮野さん、よろしくお願いします。(会場 大笑)そういうことで、今年は家族と一緒に健やかにいきたいです。

 

 

山岡 治会員 北村先生のところには診てもらいに行ってます。(会場 笑)今日、実は、例会があるのを知らなくて、今日、実は空いていたのですが、先々週キャンセルさせて頂きました。(会場 大笑)私もロータリーに入って、まだ3年か4年なのですが、入って横の繋がりが、異業種の集まりというのもあって、非常にためになる会だと思っています。自分の会社のことになりますが、頑張っていきたいと思います。よろしくお願いします。

 

 

河合 直志会員 三年間厄年が、前厄、本厄、後厄、昨年厄年が終わりました。後厄はあんまり良いことがなかったのですが、12月の最後に、一番最後に、糖尿病を宣告されまして、(会場 大笑)しめくくりが。まだ、そんなひどいうちではないので、食べ物に注意して、甘いものを食べないで、脂っこいものを食べないようにと、言われていますので、ロータリークラブは非常に美味しいものを食べる機会が多いクラブなので、そこらへん、なんとかみなさん、私に食べさせないように。薬なしで糖尿病を克服したいなと、今年は頑張ってみようかなと、思っております。以上です。

 

山本 衛会員 今年一年、ガバナー補佐幹事ということで、石井会員の補佐をしております。そのおかげで、いろんなところに行くんですね。東京におじゃましたり、補佐会議の委員会に出たり、いろんな景色が見れるので、勉強になっております。まだ半年あるのですが、失敗をしないように、何とか失敗しないように、今年度、終えたいなと、そのように思っております。抱負は、今年度、失敗しないこと。(会場 大笑)そういう目標でございます。よろしくお願いします。

 

 

川上 伸夫会員 今年の抱負は、ニコニコをいっぱい集めることだと、会長から言われておりますので、今日もゴルフ大会で、優勝されて、よろしくお願いします。ドラコンも行われました。準優勝の人にももらいました。できるだけ、もらうようにがんばりたいと思いますので、少し、ニコニコが多くなっているようで。というようなことで、これからもいろんな会がありますので、そのたびに、ニコニコをもっていきますので、よろしくお願いします。それだけが私の抱負です。

 

 

日暮 孝行会員 昨年は仕事がボロボロのままでしたので、今年はロータリー活動は、きちんと立て直して、ロータリー活動やりに行こうと。支障がないように。以上です。

 

 

山本 沖会員 ちょうど私も歯科に行ってます。今のところは、先生が治療し、それを生徒に見せているようです。北村先生のところに、是非、行きたいです。今年75才になります。息子に代表を、譲りたいと思っております。早く会長職になって、楽に。今、実質的に楽にやっているのですが、やっていきたいと思います。その分、ロータリーに、打ち込みたいと、思いますので、よろしくお願いします。

 

 

稲葉 のりひさ会員 私の今年の目標は、まずは、7月から、稲葉年度が始まりますので、まだ半年先ですが、楽しい例会を、作らないと、杉山さんに負けないように、盛り上がる例会を作りたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。以上です。

 

 

神谷 繁樹会員 今年度は、40周年という大きな、行事がありまして、その実行委員長ということで、やらせてもらっています。私も、10周年記念のころから、参加しまして、ただ8年間、中抜けしたときもありますので、今年は皆さんに、全員一役ずつ、割り振っておりますので、40周年のほう、全員、盛り上げていって、行きたいなと、思ってますので、40周年を、成功させるように、皆さんご協力をよろしくお願いします。

 

 

石井 弘会員  今年は、抱負のほう、不動産業はわりと良い方向に向いてまして、割とわが社のほうにも、良い風がどんどん、吹いているような、感じがいたしますので、今年は攻めて、攻めて、攻めぬいて、思っております。また、ロータリーのほうは、ガバナー補佐をやらせて頂きまして、来月には、IMがございますので、また皆様には、ご協力頂いて、なんとか成功させてたいと思いますので、よろしくお願いしたいと思います。その後、山野井さんのほうの、5クラブゴルフ大会。これも、山野井さんにお願いして、何がなんでも、西クラブが優勝して、40周年には、「優勝したよ。」というようなものを、そこに飾りたいなと、思っております。山野井さんには、なんとしても優勝という話をしております。お願いをしたいと思います。あと、40周年もありますので、みんなで協力して、盛り上げて、素晴らしい年に、終わりにしたいなと、思っております。またひとつよろしくお願いします。ありがとうございました。

 

吉田 健副幹事 厄年を終えて、これから良いことがあると思います。今年の抱負としては、ロータリー、全部出席を目標に(会場 歓声 拍手)していきます。休んだら、ごめんなさい。(会場 大笑)ありがとうございます。

 

 

福田 康宏会員 お疲れ様です。今年は、いよいよ還暦の年となってしまいました。ゼロからまたスタートということで、がんばっていければと思っています。あと、厄年なので、久々に本厄ということなので、正月にお祓いをしたのですが、何故か今週、牡蠣を食べたらあたってしまいました。(会場 大笑)もう、最高に、絶好調に調子悪いです。本年もよろしくお願いします。

 

 

委員会報告 IM実行委員長 河合 直志会員

先週の理事会で、IMのお話をしました。予算案につきまして訂正がありまして、その後に、石井ガバナー補佐、山本補佐幹事、3人で、いろいろ練りまして、二日前に、各クラブの会長幹事へ予算案と進行案の承認のお願いという形で、「これでやらせてください。」という形で、文章の提出をしました。ウチのクラブ、理事のほうに、その文章が行っていないのですが、予算案を立てて、進行も決まりました。決めさせて頂きました。これ以降に、皆様、西クラブの皆様には、いろいろと役割のこともございますし、進行についてでも、細かな資料を作って、ご協力を、お願いしていくと思います。その際には、大変急な形で、進めましたので、多少、ご不満もでると思いますが、なんとかご協力をして頂きたいと思います。よろしくお願いします。

 

 

石井 弘 ガバナー補佐

あと一月しかなくなってしまいましたので、ひとつ皆様のご協力をお願いしたいと思います。今回講師をお願いした、大類 隼人様、ドクターが参ります。彼はドクターを辞めて、ハイチ他三か所位の海外で、学校を創ったり、仕事のない国で、仕事を創って、日本に工場を作って、クリームを作って、それを買って頂くことで現地を元気にするような、そういうシステム作りをしたり、結構国際的に有名な方ですから、この前、初めて講演を聞いて参りましたが、かなり人気のある方で、講演者が素晴らしいということで、応援団もついてくるということで、杉山会長には申し訳ないのですが、当日オブザーバーが来た場合の対応も、必要かなと、思っております。商工会で行うので、どうぞ皆様のご協力を頂いて、よろしくお願いします。先ほど幹事のほうから、スリランカの義援金についてお話があったと思うのですが、ここで台風がきまして、スリランカがかなりの水害に、被害があっております。今、600人が死亡しているという数字が出ておりますが、たぶん、大洪水が、水が引いたところには、もっと被害があるというのが現状と思われます。スリランカと日本の関係ですが、昭和26年に、戦争に負けて、サンフランシスコ講和会議があって、そこで、戦勝国が、日本を四分割案、100年経っても払えきれないという、戦争賠償金の要求がありましたが、スリランカ、当時セイロンの、ジャヤワルダナ大統領が、大変素晴らしいスピーチを行いまして、日本列島一島独立、そして戦争賠償金を放棄するという、スピーチが行われまして、そのスピーチが大変良いスピーチで、その結果によりまして、それから続く代表団が、日本列島一島独立、そして戦争賠償金を放棄、今の幸せの日本が、そして、私がここに立って、幸せにロータリーをやっているのは、実はスリランカのおかげと、ということもございますので、私どもが、今、未曽有の大災害になっておりますので、是非とも、恩返しという意味からも、ご寄付を賜ればありがたいなと、というふうに、思っております。

 

 

稲葉 のりひさ会員 40周年実行委員会より来週の例会後に実行委員会を開催しますので、役員の皆様、よろしくお願いします。前回の実行委員会で、各委員会の皆様にお願いをしておりましたが、その進捗状況とかも、お話頂きたいです。よろしくお願いします。

 

 

お祝い披露 

 

 

ニコニコ発表 日暮 孝行会員 

 

 

点鐘 杉山 由祥会長 北村先生、今日がありがとうございました。後ほど、宴会ありますけれども、こちら先ほど石井さんからお話のありました、サイクロン被害支援募金、お待ちしておりますので、特に一番後ろのテーブルの皆様は、とても先ほど盛り上がって、いろいろと飛び交っていましたので、是非それをすべて、はきだしてもらいたいですね。よろしくお願いいたします。それでは点鐘します。

 

 

閉会

 

新年会

 

乾杯 成瀬 三義会員 今年一年良い年でありますよう、乾杯を致しましょう。乾杯。

 

 

 

食事

 

 

閉会挨拶 福岡 秀実会員

 

 

第1843回例会(2026.1.13)を開催しました

第1843回例会(2026.1.13)を開催しました

 

松戸西ロータリークラブ 第1843回 例会 令和8年1月13日  

 

 

司会進行 山本 沖会員

 

点鐘 杉山 由祥会長

 

 

国歌斉唱

ロータリーソング斉唱

 

 

食事

 

 

会長挨拶 杉山 由祥会長

それでは皆様、改めまして、あけましておめでとうございます。どうぞ本年も、よろしくお願いを致します。2026年も明けまして、13日ですか、ちょっと1週目を、イレギュラーな形で休会になってしまいまして、少し時間が空いたところでございますが、改めて、今年一番最初の例会にご出席頂きましたことに、感謝を申し上げたいと思います。本年もどうぞ、一年間よろしくお願い致します。

そんなこんなで、新年会だ、なんだと過ごしていたなかで皆さん、ご健康でいらっしゃることにまずは、お慶び申し上げたいと思いますが、個人的にはいろんなことが持ち上がってきて、「解散」という言葉は、聞きたくないのですが、(会場 笑)早速先週末に、そういう話が持ち上がって、10日の土曜日には、各県、各市の選挙管理課に緊急の通知が文書で回ってきてしまいまして、通常で考えれば、この月末から来月にかけて総選挙が行われるのかなと、という状況でありますけれども、それは、どうなるかというのは。また今週の各報じ方によって違ってくるのかなと、思っております。いずれにしましても、我々常在戦場で、その世界に居る者としては、臨まなければいけない立場でありますので、そういったなかで、いろいろな世の中の様子というのを見定めながら今年一年、過ごしていきたいなと、思っております。今年が午年ということで、今年は年男、今年の10月で48歳になるのですが、年男を迎えるというで、いろいろな神社にご挨拶に行って参りました。年初早々から、先ほどお話あったとおり、いろいろな動きがあるし、午年でそういう大きな動きが多く、生まれる年と伺っておりますので、そういうところでもあるんだろうなと、思っております。そのなかでも、少し、社会全体の動きの変化というのを、感じることがいろいろとありましたので、少しお話をさせて頂きます。昨年から、今年にかけて二つの首長選挙、市長選挙が行われました。一つ、二つとも社会を揺るがした選挙です。一つは、静岡県伊東市、田久保市長の選挙。そして昨日行われた、群馬県前橋市の市長選挙と。我々業界にいるものとしては、注目の選挙だったわけですが、結果が分かれました。その結果の分析というのは、いろいろあるんで、これからいろいろ出てくるんですが、個人的に少し、この二つの選挙、以前から、気になっていたことがあって、おそらくそれは、選挙の結果云々ではなくて、社会の潮流が変わったなと、いうふうな、印象を受けています。例えばひとつ、伊東市のほうは、負けるだろうなと思っていたのですが、前橋市のほうは、選挙入る前から、これは勝つだろうなと、思っていたんですね。世論がそういう流れになっていました。その一つの大きな要因は、ひとつは、これは根本的な話なのですが、やはり女性の政治家を増やそうとする世論の欲求。これが各種選挙においては、女性候補は上乗せになる要因になっている。これは根本的な、話です。もう一つはですね、おそらく、政治家、というか、リーダーを選ぶときに、これまでは、選良という名前で、良きものを選ぶ。ということで、言われてきた選挙が、実は、良いか悪いかは個人の判断であって、実はそこに、倫理。倫理観とか、倫理というものは、あまり重視されなくなってきたと。実は僕は、これがひとつの、世の中の、大きな流れじゃないかなと、というふうに思っています。これが良いか悪いかは、別として、結果として、そうなっています。なぜならば、彼女は、一度は選ばれているからです。そして、なかには、もう一回選ばれている人もでてくる。それは、昨年の、兵庫県知事選挙でも、同じ事が、起きました。つまり、私達は、いままで、選挙とかリーダーを選ぶときというのは、良きものを選ぶという基準を持っていたはず。なんですが、今の世論は、それを重視しなくなってきたと。ただ流石に、あまりにも、方を逸脱したということで、あるならば、それはまた、別の話になってくるのですが、おそらくそういったものが、前提になった社会になってきていると。というのが、ひとつ大きな違いなんじゃないかなと。思います。これは、倫理観の低下と一言で言ってしまえば、簡単なんですが、「悪名は無名に勝る。」と。ということが、今社会の大きな流れになっていると。それが、何が危険かというと、今度はAIの発展の話になってくるのですが、リーダー像が、こうやって変わってくると、そのリーダーの発した言葉を、さらにAIとか、技術が、うまくそれを、拡散をするようになってきて、それが世論を形成していくと。という社会になってきています。良いか悪いかは別として、トランプさんがベネズエラを攻撃した話も、一方で見れば、それは正しい。国際社会から見たら、無法。だけど、その国民はそれを選んでいるわけですね。しかもそれが、技術の発展によって、瞬く間に情報が拡散されて、世論を形成していくと。こういった時代に私たちが生きているんだということを、実は昨日、松戸市も成人式で4600人、の新成人が生まれましたけれども、「あなたたちは、そういう社会に生きているんです。」という、メッセージを発したところであります。こういったときに、やはり、重要になってくるのは、どうやっても教育としか言いようのないですね。そのAIを規制する、世論をどうにかするということは、もう、おそらく、不可能に近い部分まで、来ているだろうと、思っていますけれども、最終的に、そこになにか、設定をする。課題を設定する。その発信する、一番最初の部分で、物事を設定する。そして、それを、一時的な受け手が、判断をしていく。というのは、これは、教育によってでしか、なしえない事だと、痛感している新年でありました。そういったなかでですね、社会の好機と言われていた、マスコミ自体が、信頼を失っていて、そして、学校教育に、それを求めることも、不可能になってきている。そうなったときに、やっぱり一番大事なのは、家庭であり、社会であると。地域社会であると。そこが、まさに、教育の、最前線になっていくと、思っています。そういった意味において、松戸西ロータリークラブは、今年40周年を迎えるわけでありますけれども、まさに一つの地域社会の好機として、私達は、そういう良きもの。を、どういうものかということを、社会に訴えかけていく。そういう役割が、どんどんどんどん、重要性が増していくんじゃないかなと、思っています。神谷委員長を中心に、今年の6月2日に、40周年記念式典がございますけれども、今一度、この半年間、皆様とですね、この歴史を振り返って、西ロータリークラブの役割、重要性を、もう一回、再認識して、残り半年間、やっていきたいと思っております。残念ながら、谷口幹事が、ご家庭の事情で今回半年、休会ということになりましたが、吉田副幹事に代行して頂いて、そして浅野さんと、河合さんにそれをサポートして頂くという体制で、やっていきたいと思っています。ご家庭の事情ですので、それがクリアしたあかつきには、是非とも戻って頂きたい。ご本人も戻りたいと、いうことでやっておりますので、どうかそれまでに、皆さん、一丸となって、今年残り半年、支えて頂きますよう、よろしくお願い申し上げまして、年頭のご挨拶とさせて頂きます。今年一年、どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

幹事報告 吉田 健 副幹事

サジーさん(学友)から年賀状が届いております。

専修大松戸高校から寄付金の御礼

松戸北RCさんより、例会変更のお知らせ。

2026年台北国際大会、RI主催親善朝食会のご案内

 

 

 

卓話 宮野 守会員  「近況報告 よもやま話」

 

あけましておめでとうございます。まず最初に、昨年は皆様にお世話になりまして、柏まで来て頂きまして本当にありがとうございます。やはりロータリアンとして、本当に感謝の気持ちでいっぱいでございます。私どもはですね、松戸で、私の女房の時代から、55年ですか。松戸でいろいろと飲食店をやりまして、長年やってきたのですが、いろいろと店の事情もありまして、柏に行くことになりまして、今、柏に行って、頑張っている次第でございますけれども、皆様にはいろいろと、お世話になりました。ありがとうございます。まず、西ロータリアンの人たちと、ここまできて、本当に皆様の、心がすごくわかるような気持ちになりました。だから、ロータリーとしてはですね、私は、これからもずっと続けていきたいと思います。住所は松戸にありますので、やはりロータリー、毎週の例会には来て、がんばりたいと、頑張っていきたいと思います。

それとですね、これから、今年は40周年ですか、ございまして、神谷委員長、みんなで、この40周年を、成功させていきたいと思っております。まして、ロータリー、モンゴルのロータリーの人たちが、まず25人くらいですか、来る予定がありまして、その人達をどういうふうに、楽しくして、帰すか。ということを、考えていきたい。親睦としては、考えていきたいと思います。みんなの協力がないと、出来ないと思いますが、皆様どうぞ、6月には40周年のときには、どうか皆様協力して、頂きたいと思いますので、よろしくお願いします。

それとですね、ここで、今年の占いなんですが、今年は午年ですね。午年というのは、私は11日に、私が、やっているお寺で、御祈祷をやったんですね。新年御祈祷が。そのときに言われたことが、「午年というのは、暴れ年」らしいです。暴れ馬。馬というのは、結構、暴れる年らしいのです。それでですね、暴れ年馬、いろんなことが、日本だけでなくて、世界中でもあるらしいですけれど、それに向かってですね、人それぞれ、みんないろんな、問題が起きると思いますけど、いままでやったことを、ちゃんと積み重ねていけば、また今年も、良い年になると思いますので、皆様、自分自身が暴れないように、良い年にして、いって頂きたいと思います。

それで、今日はですね、九星気学の、紙を皆様に、渡したのですが、持っていると思いますが、一番上に今年の、良い方位、書いてありますが、皆様、二重丸「◎」あると思いますが、これが、皆さんそれぞれの、二重丸「◎」書いてあるのは、良い方位の印でございます。ペケ「×」は、絶対に行ってはいけないという方位(会場 大笑)なんですが、凝り固まってやる必要もないのですが、まずですね、「〇」のところ、あと、二月から、皆さんそれぞれ、見てください。なにしろ九星気学は、実践です。実践哲学ですから、行かないと意味がないものですから、それで、丸一つ「〇」がありますけれども、これも、行っても良い。ということなんです。あと、何も書いていないところは、行っても行かなくても良い。という様な感じで、九星気学で、これは表しています。皆さんそれぞれ、この一年間ですね、いろいろと皆さんの商売に役立てて欲しいと思います。私どもも、もう何十年、これを見ながら、毎年考えながら、方位をとって、やっている次第でございますが、私が健康なのは、本当に風邪も引かない。インフルエンザもやったことない。それとコロナにもかかったことがない。これはですね、やはり、自分なりに方位をとっているせいもあると思うのですが、健康が一番だと思います。やはり健康でないと、何もできないと思います。病人は何もできないじゃないですか。だから健康のために私は、必ず、健康の方位をとったりしているんですね。皆さんそれぞれ違うと思うのですが、私は二黒なものですから、二黒の、方位によって、やっている次第でございます。面白いのは、私は今年で、4年間良い年だったんですよ。そうすると、昨年。今年からは、私は4年間駄目な年になるんですが、そのために方位をとっている次第でございます。次の方位がありますので。それでですね、女房が今度は、良くなるんですよ。うまくできているんですね。私が悪い事は女房がどんどん良くなっていく。それで、今まで何十年も、仕事をやってきました。本当に昨年は大変な時期でした。あんな大きな店をやるというのは、本当に、苦しかったです。いろんな意味で。赤字のときもあり、良い時もありますが、苦しい時に、お互いにウチの女房と助け合って、いろいろとやってきたので、どうにか柏に店が出せるようになったのですが、いろんな意味で、九星気学は、本当に、やればやるほど、良い事が掴めることがあるんです。だから、不動産も、方位が良い時に、不動産を買ってきたものですから、気学で全部やってきました。だから、気学を外すことは、私のなかでは、できないものですから、本当にいろいろやってきて、どうにか、成功していますけど、柏に行って、いろいろな意味で、まだ浅いのですが、1か月ちょっとですか、また全然松戸と違って、人が多いんですね。周りから。周りから来ますから。茨城とか、野田とか、鎌ヶ谷とか、いろいろなところから来て、人が多いのです。人が多いというのは、いろいろな食べる店、個人店が多いのです。個人店が多いところは、それだけ人が、集まるんだなと、思いました。そういうので、柏に行けばなんでも食べるところがある。松戸は少ないですね。居酒屋とかは、多いと思いますけれども。そういう人も集まるのかなと、思いました。そういう意味で、これからも、柏のほうで、がんばっていきたいと思いますが、なにしろ、私は松戸でも、50年もいたものですから、松戸が良くなってほしいわけです。松戸が良くなれば、また、松戸に戻ってきて、商売をやりたいと思っています。そういうことで、西ロータリークラブの方には、いろんな意味で、お世話になっていますので、これからも、西ロータリーのためにがんばって行きたいと思いますので、どうかよろしくお願いします。以上でございますが、気学のことで、何か質問がありましたら、説明させていただきます。

 

質問 表の見方は、年と月があるのですが。

 

年と月があります。年で悪い時は、月で方位をとってください。

 

質問 東とか、西は、自分の自宅ですか?

 

自宅です。一番出るのは、海を越えた方位を取れば、良いです。本当は。近くでもあります。

海外とかですね。それでも。悪いのに行って、悪い事も起きます。

 

質問 年と月があるのですが、年の方位と、月の方位、どちらが優先なのですか?

 

優先は、一番良いのは、年の下に見るとわかるのですが、良い方位があるのですが、年と月が良いのが、最高に良いのです。

 

質問 年が良くて、月が悪い時は?

 

それは、あまり、一泊ぐらいで帰ってくるとか。(会場 笑)本当は四泊が一番良いのです。良い方位の時は、四泊くらいします。三重丸のときは。水取というのがあるのですが、何人かで北海道に行ったと思うのですが、水を取るときがあるんです。水というのは、地下水じゃないですか。湧き水ですから。そうすると北海道に行って、何人かで行ったときに、私はお寺の神社とか、湧き水が必ずあるんですよ。こういうことをやっている人は、必ず来て、水を取っているんです。そうすると水を取る時間もあるし、日と、取る時間もあるんです。その時間で取らないと、何もならないんです。取って、ペットボトルに入れて、毎日飲むわけです。それを毎日飲むのは、毎日、方位に居ることになるんです。体に入れるから、水を。それが気学の教えなんです。

だから、私が、Aさんとか、Bさんと、Cさんと京都行ったときに、痛風ですごく、足が痛くて、腫れてしまって、それでも行ったんですが、そのときに薬師寺で、お願いしたら、そこで、薬師寺如来があるんですが、その後ろに石があったんです。石があるところで、手をかざしたんです。痛くてしょうがないから。治してくれと。そのときに、電気が体に走って、入ったんです。電気が。これ、皆さんは嘘だと思うんですが、電気が走ったんです。手の中から。体に。そしたら、痛みがピタっと、止まったんですよ。それで赤く腫れている足も治ったんです。そういうことがあったんです。みんな不思議そうに言うけど、AさんとBさんは、知っていると思うんです。その場面を。私が体が悪くて行ったのを。だからそういうことが、方位で行って、そういう場面であって、そういう事が起きたということは、やはり方位にもあると思うんです。いろいろな意味で。私のお坊さんにその話をしたら、お坊さんが「必ず、あなたは、お寺に来て、いろいろとやっているから、そのご利益もあったんじゃないのか。」と、言われましたけれども、それで年に二回は、薬師寺に行ってます。必ず一人で行っています。お礼参りに。そこに、皆さん知っているかな。高田好胤という人は、随分前になくなって銅像になっているんですが、 その人が薬師寺を大きくしたのですが、その人は、修学旅行に来る子供たちに、いろんなことを、話をして、いろいろと子供たちに教えた人なんです。本も、5冊くらい出していると思います。「心」という本と、そういう仏教の本だけでなくて、人間のいろんなことを、書いた本があるのですが、それも全部読みました。だから、すごくあの人に対しては、昔から、すごい思いだったのですが、それで、みんなを連れて薬師寺に行こうと、行って、連れて行ったんです。本当は京都だったんですがね。薬師寺に行ってくれと皆さんと一緒に行ったんですが、東大寺に行って、その後、薬師寺に行ったんですが、そういうことがありました。だから私は、自分が実際にそういう体験をしたから、信じるわけですよ。だから、気学も、信じて、良い事も悪い事も、やってみようかなと、思って、今やっている次第でございます。だから皆さんも、やはり人生は長いですから、自分の家から一歩出ると、何があるかわからないですから、交通事故が起きる人もいるし、いろんな意味で、やはり体が一番ですから、そういうので、できる人は、こういう方位を取って頂きたいなと、思います。あとは、ございますか。

 

質問 北の方位は、西北西から、北北東まで、時計で言うと、11時から1時まであるのですが。

 

自分の家から、北の方向で、だいたい、松戸だと、北海道。青森もあります。自分家から、今携帯でみると、わかると思います。時間は関係ないです。

 

質問 関東からどうこうは、ありますか。東は、ここらへんだとないのですが。

 

東あります。銚子ですね。成田とか。ここからみて東南は、その下の勝浦のほう。近いところは、幕張ですね。幕張から下になると、南になるんです。ディズニーランドは、南ですね。館山は南です。この辺から見て。下ですから。西ですか。箱根は西南です。西は、甲府のほうです。

 

質問 すみません。モンゴルと台湾は?

 

モンゴルは、西北です。台湾は、南西ですね。だから西南ですね。台湾は。要するに台湾から、ずっと香港、ベトナムとか、東南アジアは、南西です。あまり凝り固まってもしょうがないですが、自分が良い時に、行けばよいんじゃないですか。私もそんなに凝り固まらないのですが、×のときは、行かないです。どうしても悪い時は。この方位学は、悪い事ついていると自分に来てしまうんですよ。自分に来てしまいますから、悪い事には使わないほうが、良いということです。私も何十年も方位学をやっていますが、本当に自分が生きているときには、良い事よりも、悪い事が多いと思うんです。嫌なこと。嫌なことが多いと思うんです。いろんな意味で。皆さんそれぞれで。周りで。だけど、そのなかで、嫌なことを、少しでも、それ以上、悪くさせないような、ために、方位をとるわけですよ。そういうことなんです。ですから、良い事ばかりでは、ございません。悪い事、いっぱいあります。そして皆さん、色々な意味で苦労していくんじゃないですか。そう思います。だからそういう意味で西クラブの皆さんには、なるべく悪い事が起きないように、またこの一年間、がんばってほしいと思います。私もがんばって、このロータリークラブをがんばって盛り上げるようにしますので、皆さんどうぞ、よろしくお願いいたします。終わりにします。どうも、ありがとうございます。

 

 

委員会報告 IM実行委員長 河合 直志 

IMの内容について テーマ 今こそ国際奉仕を考えよう

 

 

ガバナー補佐 石井 弘

IM 2月17日はよろしくお願いいたします。

 

山本 衛会員

松戸西RCのメールアドレスが、少し不調です。地区からのメールが、未着状態となっております。気をつけてください。

 

 

お祝い披露

 

 

ニコニコ発表 稲葉のりひさ会員

 

 

点鐘 杉山 由祥会長

 

閉会

 

 

第1842回忘年例会(2025.12.23)を開催しました

第1842回忘年例会(2025.12.23)を開催しました

 

松戸西ロータリークラブ 第1842回 忘年例会 令和7年12月23日  びわ亭

 

司会進行 杉山 由祥会長

 

点鐘 杉山 由祥会長

 

 

会長挨拶 杉山 由祥会長

いよいよ2025年も最後の忘年例会を迎えることができました。この半期間に、本当に会員の皆様のお支えで松戸西ロータリークラブは、運営できたことを、まずは感謝したいと思います。本当にありがとうございます。(会場 拍手 拍手)

(挨拶 中略)

IMもあり、40周年もありで、下期大変だと思いますが、またひとつ、皆さんと団結をして、乗り越えていきたいなと、思いますので、よろしくお願いしたいと思います。先日、ふれあい22に寄贈したフレームランナー、はですね、早速、この週末21日の、パラスポーツふれあいフェスというのがありました。パラスポーツに触れ合う会、フェスとやったところで、それが使われまして、かなり、評判が良くて、そのふれあい22のフェスタで見た、から来た。という方がいらっしゃったりとか、その記事を見て、来たという方も、いらっしゃって、本当に自分のお子さんが、あれを使って、歩いている姿を見て、涙ぐんで喜んでいる、親御さんなんかも、いたということで、報告を頂きまして、そういった人たちも、ロータリークラブの皆さんに、よろしくお願いします。と、 いうような連絡が来たので、あとで、情報を共有させていただきますので、おかげさまで40周年、寄付事業としてさせて頂きましたが、40周年に向けて、これも、しっかりと、していきたいと、思います。また新年、 皆さんのお力を御貸しください。よろしくお願いします。ありがとうございます。

 

 

委員会報告 山野井 章会員

 

点鐘 杉山 由祥会長

 

閉会

 

 

 

 

乾杯 杉浦 昌則会員

 

閉めの挨拶 稲葉 のりひさ会員

 

第1841回クリスマス家族例会(2025.12.16)を開催しました

第1841回クリスマス家族例会(2025.12.16)を開催しました

 

松戸西ロータリークラブ 第1841回 クリスマス家族例会 令和7年12月16日  柏 日本閣

 

 

司会進行 宮野 守会員

 

点鐘 杉山 由祥会長

 

国歌斉唱

ロータリーソング斉唱

 

 

会長挨拶 杉山 由祥会長

改めまして、皆様こんばんは。会員の皆様、そしてご家族の皆様、ようこそ今年もクリスマス家族例会へお越しいただきまして、本当にありがとうございます。今年度会長を仰せつかっております、杉山由祥でございます。どうも私がしゃべると、政治家っぽいやつになってしまうので、なかなかクリスマス家族例会という感じのご挨拶でないかもしれませんが、本当に、我々会員一同が、日々ロータリー活動できるのも、仕事ができるのも、ご家族の皆様の支えがあってのことと、今回年に一回の、必ずクリスマス家族例会で、ご家族の皆様と一緒に、応援をして、そしてご披露しようという趣旨で、毎年やらせていただいておりますので、どうぞ、今日は、いっぱい、いつものお楽しみもありますし、趣向を変えて、今年は和のテイストの出しものも、用意してありますので、お楽しみいただければ幸いでございます。この場を借りて、少し我々のクラブの活動の現状を少し報告させていただきますが、おかげさまで、来年の2026年6月2日に、私達松戸西ロータリークラブは、40周年記念を迎えることとなりました。なので、今年は、事あるごとに40周年記念ということで、いろいろな事業をさせて頂いているわけでございますが、やはりこれだけ40年も、一つのクラブが続けられる。今日で、1841回も、例会を続けてこられたのも、やはりそれぞれの会員、歴代の会員、そして、その会員ご家族の皆様の、おかげであると、改めてその、感謝申し上げる一年にしたいと、思っております。またですね、この40周年、記念事業として、先日、「ふれあい22」 という、松戸市の知的障碍とか、発達障碍をもったお子さんたちが、学ぶための施設に、フレームランナーという、スポーツ器具を寄贈させていただきました。このフレームランナーは、何かと申しますと、知的障碍などであっても、普通は歩行ができないのですが、車椅子のスポーツバージョンのようなもので、それに乗ると、知的障碍のある子でも、普通に走れるようなことができる。ということで、2028年に予定されているロサンゼルスでの、パラリンピックに正式種目に今回、正式に採用されました。是非ですね、私たちが、もちろん日々の養育にも使っていただきたいのですが、もしそれを使ってですね、松戸からパラリンピアが出てくれたら、ご家族の皆様や、そういったお子さんたちに、夢と希望を与えられるんじゃないか。ということで、今回この事業をさせて頂きました。40周年記念実行委員長の神谷委員長とともに、そして皆さんとともに、先日寄贈式典無事に、終えましたので、ご報告をさせていただきます。

そして、もう一点、今年おめでたいこと、二つ、ございまして、まずは秋の叙勲におきまして、福岡秀実会員が、「黄綬褒章」の栄に浴されたということで、本当におめでたい事だと思います。おめでとうございます。(会場 拍手 拍手)

 

また、改めて、そのご報告、そして祝賀する会は、設けさせていただきますので、是非、よろしくお願いいたします。加えて、昨日、今年お亡くなりになりました、関口 宏会員、 この松戸西ロータリークラブの、チャーターメンバーでもありますし、他にも松戸北ロータリークラブ、松戸中央ロータリークラブの立ち上げにも、尽力された、まさにロータリークラブでは、本当に、ご尽力頂いた方なんですが、関口宏会員の功績を称えて、松戸市から、感謝状を授与頂いて、昨日、関口さんの、奥様、そして、関口貴之会員、とともに、市長から直接、感謝状を受け取ってまいりました。本当に、40年前に、このクラブを創って頂いた方に、こういった形で、感謝ができたというのも、私自身も、嬉しく思っておりますし、また、改めて、そのご報告は、来月1月27日の例会で、関口貴之会員から、して頂く予定ですので、是非、ご参加のほど、お願いをしたいと思います。いずれにいたしましても、我々この40周年、しっかりと支えて、皆さんとともに、歩んで参りますので、ご家族の皆さんも、我々と共に、歩んで頂けたら、ありがたいと思います。本日はどうぞ、お越し頂いて、ありがとうございました。

 

 

幹事報告 谷口 義紀幹事

 

点鐘 杉山 由祥会長

 

閉会

 

 

2025年度松戸西ロータリークラブ クリスマス家族例会

 

司会進行 山野井 章会員

 

 

開会挨拶 竹内 義彦副会長

皆さん、こんばんは。副会長の、竹内です。今日はクリスマス家族例会ということで、クリスマス、皆さん少し早いんですが、お子様の方、お土産沢山ありますので、持ち帰ってください。それから、家族の方、ひと時を楽しんで、日ごろの、鬱憤を、ここで、放してもらいたい(会場 大笑)と思いますので、よろしくお願いします。それでは、これから、開会しますので、よろしくお願いします。以上です。

 

 

乾杯 石井 宏 ガバナー補佐

今日は家族の皆様、ご参加頂きましてありがとうございます。日頃我々が、ロータリー活動できるのも、家族の皆様のおかげでございます。今日は皆さんと一緒に、短い時間ではございますが、これからいろんな催し物、そしてビンゴまで、沢山の景品も、こちらに準備をいたしましたので、最後まで、楽しんでいって頂きたいと思います。 それでは、乾杯したいと思います。乾杯。

 

お客様紹介 各会員家族紹介

 

御歓談

 

駄菓子屋 ~OPEN~

 

 

サンタ・トナカイ入場

司会進行 福田 康宏会員

 

 

アトラクション

 

上杉 清仁 氏(オペラ カウンターテナー)

 

椿 正範 氏(津軽三味線)

 

ビンゴゲーム

 

閉会 

司会進行 山野井 章会員

 

ロータリーソング斉唱 手に手つないで

 

閉会の辞 稲葉のりひさ 次年度会長

 

記念撮影

 

 

第1840回移動例会(2025.12.6)を開催しました

第1840回移動例会(2025.12.6)を開催しました

ふれあい22健康福祉会館 フレームランナー寄贈