第1845回例会(2026.1.27)を開催しました
松戸西ロータリークラブ 第1845回 例会 令和8年1月27日

司会進行 竹内 義彦会員
点鐘 杉山 由祥会長

お客様紹介 関口 位子様



食事

会長挨拶 杉山 由祥会長
皆様、改めまして、こんにちは。今日も皆さん例会にご参加頂きまして誠にありがとうございます。また、故関口 宏会員奥様、今日はお越しいただきまして、誠にありがとうございます。今年は当クラブが40周年ということで、その歴史を振り返る、卓話、並びの例会を沢山やらせて頂いているのですが、関口宏会員が残された足跡というのは、たいへん我々クラブにとっては、大きなものでありましたので、是非その話を、今日は関口貴之会員にお話をして頂く例会となりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
さて、今日から衆議院選挙、総選挙が公示されまして、私も先ほどこの千葉6区の渡辺博道候補の出陣式に参加をして参りました。ちょうど、現役の片山さつき財務大臣がお越しになって、激励のご挨拶を頂いたわけですが、やはり今回の選挙戦の一つの争点である、「責任ある積極財政」というものを信任するか、しないかというものを問う選挙であるというお話を頂きました。その是非については、政治的な話なので、皆さんの判断におまかせするのですが、我々、地方自治体を守る立場としては、やはりその間についている国の予算をどうやって、執行するか。切れ目なく物価高騰対策をやっていくかというので、実はすでに、予算の使い方を決めております。明日おそらく記者発表になりますが、松戸市にも、12月に成立した国の補正予算で、よくワイドショーで、お米券、お米券と、騒がれていましたよね。あれ、何かというと、一人当たりだいたい3000円分くらいの、物価高騰対策を、それぞれの都道府県、市町村にお配りをするので、その使い方を、それぞれの自治体で決めてください。というようなもので、実は一人あたり3000円。幼児でも、お年寄りでも、全部一緒です。0歳でも、一人あたり3000円なので、だいたい松戸市50万人なので、15億円。それが、おりてきていて、それは物価高騰対策として、使ってください。と、それプラス、他の用途にも使えるように、ということで、全部で、34億円、きております。それの使い方がやっと決まりまして、我々としてはお米券はやめて、結果としては、額は額で少額だし、あまり皆さんにお待たせするのもですし、一番早く配れる現金で、お配りをすると、ということで、明日記者発表になると思います。それが15億円。残りの部分は、もともと松戸市の小中高校の給食費を無償化しているんですが、この部分がまだ国の予算がついていませんので、市が独自に手当をしておりましたが、その分として、残りの分は使わせて頂いて、プラス例えば病院の補助だとか、子育て支援の の追加だとかで使わせてもらうと、ということになっていることが決まりました。なので、国のほうは、その点がどうなるかわかりませんが、我々は、きちっと、しっかりと、頂いたものは粛々と、執行をしていって、遅滞なく、皆さんの支援をしていくと、ということが、地方自治体の役目だということで、させて頂いて、おります。是非ですね、そういったものを、ご理解いただきながら、見ていただければ、ありがたいなと、思っております。多分に政治的な話でございますが、政治家なんで、仕方ないと、いうことで、御容赦を頂いてですね、今日はですね、関口さんのお話を今日は頂くわけでありますが、是非とも、40周年に向けて、今日、終わった後40周年の実行委員会もございますので、また皆さんにお残り頂いて、御意見をいただければ、ありがたいと思います。
今日もどうぞ、よろしくお願いいたします。

幹事報告 吉田 健副幹事
2026年決議審議会 決議案提出のお願い
台湾国際大会 千葉ナイトのご案内
2025-26年度 12月度 MCRレポート送付のお知らせ
松戸献血ルームPURE様 献血のお願い
風のたより
次週 2月3日 移動例会 新松戸 しゃぶ源 夜間例会になります。18時開始

卓話 関口 貴之会員
まずは、本題に入る前に、先週の土曜日に開催されました地区の国際奉仕セミナーについて、簡単にご報告いたします。
今回のセミナーの講師として、来月のIMでも講師を依頼しております大類 隼人医師の基調講演がありました。大類さんは、NPOを立ち上げ、最貧国でありますハイチ、バングラディッシュ、ブルキナファソ等で、医療支援活動を実施しており、詳しくはIMの時にお聞きいただければと思うのですが、聞き手がぐいぐい引き込まれるような、様々な気づきを与えてくれるような内容のお話しでした。
石井補佐が掲げる今回のIMのテーマとぴったりなので、きっといいIMが開催できるのではないかと思います。委員会報告は以上ですが、
本日は、昨年5月に亡くなりました、私の父の思い出、そしてその経歴を通じて、父がなぜこれほど長くロータリークラブに関わり続けたのか、その一端をお話しさせていただければと思います。
まず冒頭に、一つご報告と御礼を申し上げます。
先月、杉山会長に松戸市へ掛け合っていただき、ロータリークラブでの長年の実績として、松戸市長より父へ感謝状を頂戴いたしました。
父はすでに他界しておりますが、この感謝状は、父個人というよりも、ロータリークラブの一員として地域に関わり続けてきたことへの評価であり、家族として、また一会員として、この上ない誇りでございます。
杉山会長には、心より感謝申し上げます。
また、本日は初めてお目にかかる方もいらっしゃるかと思いますが、この感謝の気持ちをどうしても直接お伝えしたいということで、母からも会員の皆様へ一言、ご挨拶をさせていただきます。どうぞお許しください。
それでは、父の生い立ちからお話しさせていただきます。
父は、終戦間近の昭和19年、現在の小金の地に生まれました。
戦争が終わる直前という時代背景もあり、幼少期は決して豊かな環境ではなかったと聞いています。
若いころの父は、当時「金の卵」と呼ばれていた建築士を目指していました。
大学にも内定し、将来の道が見え始めた矢先、私の祖父が松戸市議会議員へ立候補することになります。
当時の選挙は、今とはまったく様相が違います。
写真を見ると、家の庭で近所の方々が総出で炊き出しを行い、当選した際には、居間をぶち抜いて大勢で宴会をしている様子が写っています。
私が小さいころの記憶でも、毎日のように誰かが家を訪れ、祖父と雑談をしていました。
政治というよりも、「地域の人が集まる拠点」のような家だったのだと思います。
また、当時、小金町から松戸市へ合併したという経緯もあり、北小金駅から国道6号線まで、わずか1キロほどの間に、3人もの市議会議員候補が立候補するという激戦区でした。
地元の投票所の入口には、立候補者一覧の看板の横に、祖父の立て看板を30枚ほど並べていたそうです。
今では考えられませんが、それだけ地域ぐるみの選挙だったのだと思います。
当然、人手も資金も必要になります。
その結果、父は大学進学を断念し、祖父の選挙を支える道を選びました。
志半ばで進路を断たれ、「これから自分は何をすればいいのか」と悩んでいた父に、声をかけてくださったのが、近所に住んでおられた松本清さんでした。
松本清さんの奥様と祖父が同級生だったご縁もあり、以前から父のことを気にかけてくださっていたそうです。
ある日、「国が募集している、アメリカでマーケティングを学ぶ研修がある。行ってこい」と言われ、父はその言葉に背中を押されました。
出発前には、レストランに連れて行ってもらい、テーブルマナーを直接教わったと、父はよく話していました。
単なる技術だけでなく、「社会人としての在り方」を教えられた時間だったのかな、と思います。
父は2カ月間、アメリカでマーケティングを学びます。
当時の日本には、まだ八百屋や魚屋といった個人商店が主流でした。
アメリカのスーパーマーケットを目の当たりにし、父は強烈な衝撃を受けたそうです。
帰国後すぐに、地元で「スーパーひろし」と名付けたスーパーを開業します。
一緒に研修を受けた仲間の中には、後に関西で大手スーパーの社長になった方もいたと聞いています。
スーパーを経営していた時代は、寝る間もおしんで働いたと言っており、額に大きな傷があったのですが、市場から仕入れで戻る際、元々がせっかちな性格なので、6号線の陣が前の交差点のトンネルが混んでいるのに耐えられず、トンネルを逆走したら、前からくる車と正面衝突したとのことです。
父は3店舗ほどスーパーを経営しましたが、心の奥では、どうしても諦めきれない思いがありました。それが「設計」の仕事だったそうです。
最終的に、スーパー事業は兄弟たちに譲り、自身はデザイン設計の事務所を立ち上げ、現在の会社を設立しました。
一番初めに建てたマンションは、同じ時代に会社を立ち上げた浅野工務店さんにお願いしました。
東日本大震災の際、うちのマンションと浅野さんの本社、その両方が被災しましたが、そのとき父と浅野さんのお父様が、「一から作った会社なんだから、また一からやり直せばいいだけだよ」と笑い合っていた姿を覚えております。
職歴については、こんなところなんですが、父とロータリークラブとの関わりについて少しお話しします。
父は24歳でロータリークラブに入会し、松戸西クラブ35周年の際に引退するまで、約50年間、活動を続けました。
正直なところ、私が知っているのは、そのうちのほんの10年ほどです。
ただ、父が残した資料を調べる中で、父が単に「在籍していた会員」ではなく、松戸市内のロータリークラブの歴史の一端を担っていたことが分かってきました。
まず、20代で松戸ロータリークラブに入会しています。
同期には、現在の松戸クラブの会員である司法書士・山田達郎さんのお父様、山田勝重さんがいらっしゃったと聞いています。
私が子どものころは、会員の奥様同士が仲良くされ、家族ぐるみのお付き合いがありました。
私自身も、松戸クラブの方から、お年玉をいただいた記憶があります。
父にとってロータリーは、「例会だけの場」ではなく、「人生の一部」だったのだと思います。
松戸北クラブの周年冊子を見ると、1973年設立時のチャーターメンバー副幹事として、父の名前が記載されています。
当時の例会場は、北小金駅前の現在のりそな銀行の全身である協和銀行2階だったと聞いています。
その後、2年くらいで松戸クラブに戻り、さらに中央クラブ設立の際には、松戸クラブ幹事として、メンバー選定に関わったことが、中央ロータリークラブの周年冊子の父がスピーチした祝辞から分かりました。
中央クラブのチャーターナイトのアルバムを父が保管していたので、昨年、中央クラブへ寄贈させていただきました。
そして約5年後、松戸クラブ副会長に就任する直前に、松戸西クラブ設立のため、松戸西へ移籍しています。
父がよく話していたのが、「松戸の人口と事業所数を考えれば、市内に5つのクラブがあっていい」という考え方を提唱している方がいると語っておりました。
おそらく、その理念を共有する方々を中心に、父や福岡さんのお父様などが動き、現在のクラブ体制が築かれていったのではないかと思います。
そして、ロータリークラブには、このような手続き要覧という、ロータリーの法律書みたいな冊子があるのですが、こちらも、このように発行されるたびに、付箋をつけて、よく読み込んでおりました。
こちらは、2007年のもので、310ページあったものが、年々、薄くなっていき、こちら2016年では、118ページ、こないだ2025年度版をホームページで確認したら、72ページになっておりました。
私も、あまり読んだことがなかったのですが、ロータリーの専門用語や規則を詳しく解説しており、例えば、2007年の手続き要覧で、ガバナーについては、
ガバナーは、理事会の一般的な指揮、監督の下に職務を行うその地区におけるRIの役員である。地区内のクラブの管理は、ガバナーの直接監督下に置かれる。ガバナーは地区内のクラブに対する指導及び監督を行うことで、ロータリーの綱領を推進する任務を課せられてる。ガバナーは、地区内のクラブを啓発し、意欲を与え、地区内に継続性を確保するものとする。
と書かれており、資格について、ガバナーノミニーの資格に加え、ガバナーは、就任の時点で、一つまたは複数のクラブで、通算7年以上の会員であり、ガバナーエレクト研修セミナーおよび国際競技会に全機関を通して出席していなければならない
とされております。
しかし、2025年の手続き要覧の資格条件では、理事会によって許可されない限り、ガバナーは、就任時に、国際協議会に全期間を通して出席しており、少なくとも7年以上ロータリアンであり、第16.010.節の資格条件を引き続き保持していなければならない。と変更されており、要は昔は、絶対に全て参加していなければ、資格が与えられなかったのに、理事会の許可を得ればその限りでない、と抜け道ができたことになっております。
こんな感じで、手続き要覧が発行されるたびに、色々と変更されているので、おそらく父は、毎回、熟読していたのではなく、どこが変更されたのかチェックしていたのではないかな?と思います。
最後に、父が私に語っていた、ロータリークラブの魅力についてお話しします。
父はよく、「ロータリークラブのいい所は、1時間議論しても、結論を出さないのがいいんだ」と言っていました。
私は結論が出ないと気持ち悪いタイプなので、当時は正直、理解できませんでした。
しかし、山本さんが活動されているRLIの研修方法を聞いて、その意味が腑に落ちました。
ロータリアン同士が、先輩後輩関係なく議論する。
しかし、決して相手を批判しない。
そして、あえて結論を出さない。
だからこそ、考え続けることができ、相手を尊重し続けることができる。
父は、そうしたロータリーの文化そのものに、いごこちの良さを感じていたのではないかと思います。
今回、父の話をまとめる中で、改めて、父が多くのロータリアンに支えられ、また支えてきたことを実感しました。
その想いを、微力ながら私自身も引き継いでいければと思っております。
本日は、父の思い出話にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

関口会員より40周年実行委員会へ寄付
委員会報告

山野井 章会員 親睦員会より。今年度親睦旅行は、5月に開催することになりました。
5月17日18日 日曜日から月曜日の。一泊、場所は金沢。能登の復興を兼ねて金沢に行くことになりました。

河合 直志会員 IM実行委員会より

稲葉のりひさ会員 40周年記念委員会より 今日、例会後に委員会がございます。参加願います。
お祝い披露
会員誕生祝
ニコニコ報告 日暮 孝行会員
点鐘 杉山 由祥会長
閉会