第1651例会(2021.10.5)を開催しました

第1651例会(2021.10.5)を開催しました

 

会長挨拶

前回9月28日はガバナー公式訪問でしたが、皆様のご協力を得、無事終了することができました。まずはお礼申し上げます。ガバナー挨拶でもありましたが、ロータリーという組織を取り巻く環境は「ロータリーの組織上の問題」「各奉仕活動の将来の展望」、そして何よりも世界的な「会員増強」と課題は山積しています。また、新たな課題として「各種災害やコロナ禍後の職業環境の問題とロータリーはどう向き合うのか」-これもロータリーとして取り組まなければならない新しい課題・リスクだと思います。西クラブでは皆様のご理解を得、ここまで例会を開催していまいりました。緊急事態宣言もとりあえず緩和されるようで、これから各クラブどのような活動を行っていくのか、思案されるところです。本日例会終了後理事会が開催されますが、すでに奉仕関係の委員長会議でも各種事業のご提案を頂いています。社会が落ち着きを取り戻しつつある(と期待したいのですが)今、しっかりとクラブ活動を再開させていきたいと思います。西クラブの素晴らしい伝統である「みんなが協力して汗を流す」「円滑なクラブ運営」をモットーに検討を進めたいと思います。さしあたっては12月のクリスマス例会についても、社会情勢もきちんと踏まえた上で徐々に協議に入ってまいります。あらためてご案内致しますのでよろしくお願い致します。

 さて、10月は「米山月間」です。ロータリー米山記念奨学生事業は、日本のロータリー独自の活動として発展してまいりました。二度と戦争の悲劇を繰り返さないために、国際親善と世界平和に寄与したい・・・という、当時のロータリアンたちの強い願いを受け継いでいます。日本に学びに来た外国人留学生との心のつながりを世界平和の礎とすべく広く支援をお願いしたい―とのメッセージがロータリー米山記念奨学会事務局より寄せられています。

米山梅吉氏の想いを引き継ぎ東京ロータリークラブがその事業をスタートさせてから、はや50年の歴史を積み重ねています。西クラブでも谷口委員長の方で様々な試みを準備頂いております。我々もあらためて米山の意義、クラブにおける米山奨学会のあり方について再認識していきたいと思います。

 後程、幹事報告でもお話致しますが、11月17日に情報研修会が開催される予定です。また例会終了後の理事会で詳細をご報告することになりますが来年の地区大会の日程も内定しております。少しずつロータリー活動も再開の動きを見せ始めました。西クラブも各委員会を中心に事業の再開に向けた取り組みを進めてまいりたいと思います。

 引き続きよろしくお願い致します。以上本日の会長挨拶とさせて頂きます。

 

幹事報告

「日本のロータリー100年史」掲載の第2790地区パストガバナー 圡屋亮平 様(松戸RC) と 平山金吾 様(成田RC) 記事コピーを皆様に配布します。

今月のロータリーレート 1ドル112円

松戸RCさんより例会変更のお知らせ

松戸東RCさんより例会臨時変更のお知らせ

世界ポリオデー祈願プロジェクト プレリリースのお知らせ

第2790地区ロータリー財団学友 50周年記念行事のお知らせ

END POLIO NOW  リソースのお知らせ

地域社会の経済発展月間 リソースのお知らせ

日本ロータリー事務局より在宅勤務延長のお知らせ

RLI 第2回DLブラッシュアップセミナーのお知らせ

財団NEWSのお知らせ

松戸市国際交流協会より ミーアステーションのお知らせ

 

川上会員卓話 「紙と漢字のふる里」

今日は、「紙と漢字のふる里」ということで、前にもお話をさせて頂いておりますが、覚えている方は、いらっしゃるようで、いらっしゃらない。概観は聞いてます。だけど、中身は覚えていません。というように、私は思って、お話をさせていただきます。だけれども、私が、今度35年の記念誌の表紙を書くときに、いつも前に墨で、35周年誌の「あゆむ」ということを、記念誌の表紙に書かせて頂いておりますけれども、これについては、一回説明しなければいけないということも、今日、感じておりましたので、「あゆむ」ということは、「これから歩む。」。「あゆみ」というのは、「今まで歩いてきたもの」をまとめたものを、言っているわけです。この「あゆむ」というようなものを、もう少し、思いを込めて、「あゆむ」とは、ということを、お話しすると、顔を地べたにこすりつけて、這いつくばって、前に進む、亀の一歩一歩、確実に進む姿を見て、人生も同じかなと、感じました。人も一歩ずつしか、歩むことはできません。あせってジャンプしても後が続かない。大地にしっかりと足を踏みしめて、いきましょう。ゆっくり歩いて、最後にうさぎさんにも勝てる。勝てるのだから。大口さんという詩人の方が書いたやつでございます。これを見て、純真な、私信のない心を見つけることにより、間違いのない、人生を歩むのでしょうね。ということで、この「あゆむ」という言葉を選ばせて頂いております。これを書くときに習字で筆を使うわけですけれど、私が大学のときに書道部に入ります。そのときに、いろんな先生につきます。私が、畳半畳くらいのところに、一文字を書く、その先生の字が好きで、その先生を師事させていただきました。でもその先生のところに行って、一生懸命書くのですが、良い字が全然書けません。筆を持つときに、書こう、書こうと思うと、紙がこすれるだけなんですね。良い字が全然出ません。基本的には何を書いているのか。背中でも書いているのか。ということを、思いたくなるくらい、歯がゆくて、しょうがなかったです。

 筆を持ち、文字を書くときに、一番気になるのが、第一画目です。どんな字を、誰に向かって伝えるために、筆をとるのか。なんの為に書くのか。ということまで、考えちゃうと、一画目。これが勝負の一画目となります。 それがなかなかうまくいきません。私が、大学の書道部で顧問の先生のお宅にお伺いし、字を書いていると、先生は、「肩に力が入りすぎだよ。おめー。しょうがないな。」って、「軽い。だからその字は軽いんだよ。」体重は重たいのですが、字が軽いというのは、えーと。字が軽いということは、字が浮いているということなんです。書こう、書こうと思うと、書いてないんですね。そんなときには、肩の力を抜いて、自然に、墨は、置いていけばいいのだから。墨を置くということを、伝わってきてました。先生は。そして、隣で、自分の先生の赤筆は、書いた線と点を、指さして、「このように書くんだ。よく見てろ。」というような格好で、書き損じの紙に筆を持って、赤ん坊が遊んでいる様子を見させられたんですね。何がなんだかわからなかったんですが、肩に力を入れずに、自然に書いていると、線が生き生きとして、筆が紙の上を流れるようにすべるんです。これ、私の会見でね。こんなことが、意識していると、そういうふうな字が書ける線ができたと。字が出来たのではない。線ができたのです。これをセンスの問題というんですが。筆を振り回すのではなく、墨を置きながら、書くことで、穂先が自然にまとまり、さらに、字を書きこんでいくと、力強く澄んだ文字になっていく。書き込むというふうなこと、よく練習しなさいということのなかでは、そういうようなことなんだろうなと、いうふうに思うわけです。ちょっと先程、中村さんに聞いたならば、音楽でもバイオリンかなんかでも、練習を積みこんだ人は澄んだ音がでる。自然の音がでる。音を鳴らそうと思うと、変な音になっていってしまうと。ちょっと聞きましたけれども。これ、私、ドラマーの人に聞いたんですが、スティック持つときに、肩に力をいれてしまうと、良い響きは全然でない。肩の力を抜かなくちゃならない。いけないよね。自然にということだと思うんですが。さらに字を書きこんでいくと、力強く澄んだ文字になっていくというのが、私、嬉しかった。自然に書けるんですよね。昔の古典といって、すばらしい文字を真似て書くんですが、その字が、本当にのってくるんですよ。線が、本当に、生きてくるんですよ。力強くなってくるんですよ。澄んでくるんですよ。字には、力強さもあるんですが、澄んだ字があります。その辺のことも、掛け軸を見ていると、線とか日本画でもそうですが、一つの線を、シューーんと書いてある名画があります。その線はすごく生きてます。切れるような線です。これを私は、神奈川の料理屋さんの床の間で、下に鳥があって、葦の葉がぱあーとなっている。そのやつがいまだに、思い出します。私の携帯には撮ってありますけれども。それが一枚だけあったりします。そういうことで、そこで、自分を発見して、正直な自分探しを、この書道でもって、しなければいけないなと、いうことを思ったんです。

 本当に素直に書いていると、字はまとまってきます。ただ、法則があるんですね。字の場合は。だいたい真四角になる。楷書の場合は、全部真四角になります。線が三つあれば、等間隔に並んでいるんですね。楷書の場合はね。ただ、草書とかなんとかというやつの場合は、流れがひとつの作品になるんで、手紙とか、草書は手紙やなんとかで書くんで、それと流れがあるんで。強・弱・強・弱という。墨を注いで、隣の行になってくると、墨が薄れてくるというのがあって、強・弱・強・弱という格好での作品の使われ方を、しているんですね。こんな思いを持ちつつ、書をやってきましたけれども、これからもやっていくつもりでいますけれども、一番気になるのが、漢字のふるさとのことです。

 漢字のふるさとというと、やっぱり中国ですよね。これ、文字という事で、あるのは古代でも、5500年前。メソポタミアのシュメール人が作ってます。それとエジプトの、エジプトの文字が5000年くらい前にでています。中国は3500年くらい前になってくるんですね。3500年くらい前というのは、皆さん知っているのは、周とか、殷もありますけれども、その前に夏と書いて、「か」という時代があって、その辺の時代がその辺にあたってきます。で、そのときは何につかわれていたんだ。書道はどういったところから生まれたのか。それは、「占い」からなっています。占いというのは、亀の甲羅を焼いて、亀のひび割れでもって、そのヒビの割れ方でもって、占うというような格好で、殷の初期の段階はそういうふうな格好でやっていたそうです。ただ、初期、亀がそんなにいっぱいいるわけではないので、そのうちに、骨を焼いて、そういう風な占いをやる。占い。何を占うのか。豊作を占うのが始めだったのです。その時代は、戦争に勝つか、負けるか、という格好でのそういうふうな占いにもなってきているんです。その辺が、ちょっと物の価値観が、少しづづ変わってきているのかなと、思います。殷と周の時代。これが甲骨文字。殷の時代には、金文といって、器のところに金の青銅器に、文字を掘り、刻んで、あなたがんばったね。よくやった。という格好で、器を、青銅器の器に、文字を作って、褒め称えた文章があるんですね。それが胡弓にいくと、あるんですよ。殷時代ですよ。殷ですよ。本当にいい奴だから。「イン」というんですが。本当は、殷というのは、本当は、「ショウ」という字。「商」という字を、だいたい中国の場合は、殷の言葉を「商」という言葉、商い、「商」の時代という格好で、胡弓いくと、殷という文字ではなくて、商という文字に代わってきています。そのへんのところをよくみると、すごく、ワクワク。紀元前1000年くらい前とか、そういう時代のもので、青銅器のそういう様なものが、いま、胡弓でみられるんですよ。そうすると、私そこ行くと、立ち止まってしまい、どうにもならなくて、友達に愛想つかされてしまうのですが。それとあともうひとつ、文字でもって特筆すべきものは、やはり、周の時代を経て秦の時代。秦の始皇帝は有名ですよね。この人が中国を統一するために、文字を統一したんです。それまでは、篆書といって、篆字をやっていたんですが、篆字ても、大篆と小篆というのがあって、大篆の場合、このとき戦国時代、春秋戦国時代の中国の時代だったのですが、それが終わって秦が統一した。そのときに文字を統一した。これは、認識的に共有するものをみんな、みんなが共有できるという風なものが、ひとつの統一することにより非常に発展したというものです。その前に、大篆という格好で篆字、これは紀元前の700~800年くらい前、そのときに皆さん、そのときに、すごく学問が発達したんです。そのときに孔子が、生まれてます。「ああしろ。」「こうしろ。」ではなくて、孔子だということは、哲学を、その時の哲学が、儒教に代わってきているのです。儒教になってくると、物の考え方は、色々と発展的になっていって、これが聖徳太子の時代に、すごく影響を及ぼす。日本にも影響を及ぼしています。そしてさらには、江戸時代まで儒教が、朱子学、という学問がありますね。朱子学、陽明学が、この儒教のほうの根源から、入っているそうです。それで今現在、韓国は儒教です。ということは、紀元前の考え方が、それがいまだに伝わっているんです。それは、何故伝わったのかということを思うと、ひょっとしたら、ロータリーでも同じような発想をするのかなと、というふうに、思ったりもするときもあるのですが、孔子の言っていることなんですが、国同士が、あるなかで、武力によって、他者を支配しようとする、覇道を批判し、君主の王様の徳によって、政治を行う。王道で、天下を治めるべきと主張したのが、孔子だったんです。これのずっとの、つながりが、相手をただすことだけではなくて、やっぱり徳によって、寄り添うということを、その辺のことを、すごく強調したのが孔子。そのときに五常といって、「仁」・「義」・「礼」・「智」・「信」というような、この辺の言葉が、これが聖徳太子の十二冠位かなんかのその辺にも入っているとおもうんですね。そのへんのこと、こういうことを思っていくと、ロータリーでもこの辺の事は、通用するのかなということを思っております。孔子自身は、「魯」という国に、いたんですね。五六ッ個あったと思うんですが、儒教を体系化したということで、孔子の話をしております。でもこの時代に前後して、孫子もいたんですよ。孫子の兵法というのは、相手を知ることが、戦いをするのに一番大切なことだよと。ということを、言ったのは、紀元前の孔子とかと同じ、BCの、そんな昔から、言われていることです。本質というものは、どこまで行っても変わらない。ということを、感じております。文字ということは、わかるように、みんなに伝えられるように、文字が発達してきております。これが秦の始皇帝が中国を統一することによって、より発達するような格好になっているわけです。それと書道のほうにおいては、毛筆とか、ありますが、毛筆も使われていたんですが、毛筆の場合、紙が発明されたのが、前漢の時代だったと思うんです。ここに書いてあるのですが、紙の発明によって、すごく時代が大きく変化したという格好での、事が書いてあると思います。紙は、AD105年、蔡倫という方が、皇帝に献上。これ漢の時代です。蔡倫さんが、紙を作って。そういうような形で、非常に貴重なものだったんですね。この紙を利用できるようになってから、筆とか、できたきた。その前は、よく皆さんが読む三国志。諸葛孔明がすごく有名ですが、諸葛孔明の映画で、画面に出てくると思うのですが、そこの部屋。諸葛孔明の書斎の部屋に、焚き木のように、わーっと、木を編んだようなものが、そういうものがいっぱい、出てくる。それは、なんなのかというと、焚き木ではなく、木簡といって、木に書いた文書なんですね。それを、本みたいな。昔の本は、木簡の束ねたやつ。いまだに、1巻、2巻と書いてあるのは、そういう風な巻というものの、繋がりになってくるんです。書道においては、昔の唐の時代のやつを、書くのがあるんですが、木簡といって、木に書いた字が、一番素晴らしい字なんだ。一番自然の字なんだ。ということで、それを真似て書く人も、すごく超有名な人で、つい最近までいたんですね。日本人ですが。そういうような格好で、墨を、竹簡と木簡で、竹の簡と木の簡があるんですね。よく奈良時代の遺跡に木に書いたやつが、まだ腐らずに、残っていたとか。そういうようなことです。何故腐らずに残るのかというと、墨のない時代になると、ニカワを使うんですよ。ニカワは腐らないんですよ。ニカワはすごく、表札にすると、表札の厚いところまで、墨が、本当のニカワでやったときは、底まで染みるといいますから。よくニカワに墨で書いた表札を見ると、古い表札の人のところを見ると、出っ張っているような、墨の跡が残っているような、それはニカワのヤツ。だから、木簡というものは、資料によっては、すごく大きなものになるわけです。一応、そういうような格好でありますけれども、ただ、一つ。孔子の私、大っ嫌いのところがあります。ちょっと調べさせてもらいましたら、儒教の教えに、為政者の哲学なんですが、この教えは、親を敬うことが奨励されています。これは本当にそうですよね。親が亡くなった際、喪に服す期間は、3年だったそうです。3年ですよ。ボロボロになった身が、王様が、続出した。というようなことです。だから、そういう様な親を敬い、喪に服すことが、だんだんだんだんパフォーマンスに変わってきちゃった。ということは、教えのなかで、片手落ちがあったんじゃないのかなと、いうことを思うと。あと、もう一つ。もっともっと私嫌な話しですけれども、同族を重んじるばかりに、儒教は、一族の誰かが殺された場合は、報復するのが、当然とされています。裏を返すと、報復されないためには、相手の一族を、皆殺しにする必要があります。死刑にする際には、三族皆殺しという、父型の一族、母型の一族、妻型の一族、全てを殺してしまう、ケースがあったそうです。儒教では上下関係の秩序を重んじるそうですが、重んじれば重んじるほど、ちょっと韓国なんかは、様子を見てみると、上司には媚びて、下の者には傲慢に接するような、人になっていってしまうのかなということで。だから、ひとつ教えの中にはいろいろとあるわけですが、そのなかに、書道というのは、そういうものを通して、より自然に、ということはどういう事なのか。これ、ロータリーの奉仕の理想に関してでもそうなんですが、奉仕とはなんなのか。基本的には、あそこに、4つのテストが書いてありますが、「愛」という言葉は、何がでているのかなということを思うと、相手に何も求めないことなんですよね。奉仕というのは、相手に尽くすだけ尽くすこと。というふうに教えられています。だいぶ前の人の話。だけどなかなかできません。そしたら、どうするんだ。一番身近なところからやるしかない。ということになって、私は、草取りをやっております。というようなことで、終わらせていただきます。相手は罪がないように、そういう事を思っております。なんか書道の話がね、支離滅裂になっていますが、それとこれは、皆さんにお渡ししたと思うのですが、篆字はどれでしょうかということで。

「篆書」・「隷書」・「草書」・「行書」・「楷書」

これがそれぞれの字です。特に篆書とか、金はいろいろとあるみたいで。

できた順番は、

「篆書」・「隷書」・「草書」・「楷書」・「行書」

「楷書」が4番目。「行書」は最後なんです。

 

「行書」の最後は、王羲之が出てきて、そこから紙が発達したひとつのきっかけになったのが、この「行書」です。

以上です。

 

会員誕生祝い

川上会員、おめでとうございます!

2021年10月7日